第十五話 光と影(4)
「わたしのメイドはどこにいきましたかっ?!」
扉を開けるとルナはカウンターへ身を乗り出して宿屋の主人へ訊いた。
「ちょっとお待ちください」
主人は店の奥へ引っ込むと、
「今朝方森へ出ていきましたよ。私もまだ寝てたぐらいで。早く起き出した妻が出ていかれるところを目にしたそうです」
と答えた。ちらちらと警戒を隠さずカルメンを見つめながら。
――どこの家庭でも女は男より早く起きねばならないものだな。わたしは遅くまで寝てるけど。ズデンカはずっと起きてた。
ルナは関係ないことを考えながらズデンカへ想いを馳せた。
「疲れた……」
とりあえず二階に上がり、ベッドに横になった。ズデンカが蚤取りを徹底してやってくれたお陰で、とても寝心地が良かった。
「追わなくていいのぉ?」
「わたしのメイドなら大丈夫さ。放って置いて何とかして帰ってくるよ」
ルナはそう言ったものの不安だった。追いたい気持ちもあったがどうにも身体がだるくて動けなかったのだ。いきなり重労働をやったからだろう。ルナは布団をひっかぶった。
――ズデンカ。
でも眠れない。洞窟で睡眠はたっぷりとっていたからだが、やっぱりズデンカのことが気になるのだ。
――ズデンカはそう簡単には死なない。と言うか死ねない。だから大丈夫だ。わざわざわたしが行って足手まといになることはないし。せっかく連中からの狙撃を躱せたのに、また戻って死ぬことはないじゃないか。ズデンカよりわたしの方が脆いのに。
ルナは天井を見つめた。一点を睨み付けていたら眼が疲れてくるので、自然とあたりへとやることになる。
と、視線が机の上にくちゃくちゃとおかれていた紙へと向かった。
「なんだろう」
ルナは起き上がって、それを手に取った。
「ふふっ」
ルナは笑った。そこにはズデンカが綴った綺譚が書かれていた。闘技場で古代の少年の幽霊とあったとか言う。
――こんな面白い体験をしたなんて。
ルナはズデンカが羨ましくなった。其れと同時にとっても会いたくなった。
紙を置いて、カルメンの方を向いた。
「行こう! メイドを探しに!」
「行かないんじゃなかったのぉ」
カルメンはびっくりしていた。
「やっぱり、わたしたちは二人で一つだ。光と――影みたいにね」
ズデンカの書いた綺譚の中で語られていた言葉をルナは逆にして唱えた。
「ルナさんにとって大事な人なんだね」
カルメンはうっとりと言った。
「そんなんじゃないよ!」
ルナは少し顔を赤くした。
銃弾の雨を受けることになると覚悟してルナたちは森へと引き返したが、予想外にとてもしんとしていた。
――ズデンカだ、きっと奴と闘ってるんだ。 ルナは心の中で思った。
「探そう!」
「わかったよぉ」
カルメンはルナに言われるままにあたりを駆け回った。
何か物凄い轟音が向こうであがった。それとともに大地から炎が巻き上がる。
――ズデンカ。
ルナは直感した。
「あっちの方へ向かって!」
「でもぉ」
カルメンも流石に怯んでいるようだ。
「なら、わたしが一人で行く!」
ルナは叫んだ。
「ルナさん一人だけで行かせられない! あたしも行くよ!」
カルメンは勇気を振り絞って走り出した。




