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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第十四話 影と光(10)

 宿屋の一室。 


 真っ暗な中、ズデンカは一人坐っていた。


 灯りを点さない状態にすっかり慣れてしまった。そもそもなくても本は読めるし、あまり得意ではないものの編み物だって出来た。


 点けていたのはひとえにルナに気を使っていたからだ。


 ルナはしてもらうのが当然であるかのように消しもせずベッドに潜り込んでしまうが。


 今はそんな必要もない。


 寂しさは、感じない。


 二百年もの間、一人で暮らす時間は幾度もあったのだから。


 だが、言葉のやりとりをする相手がいきなりいなくなってしまったのは、拍子が抜けたというか物足りなくも覚えた。


――読書でもするしかないな。


 と言っても、もう何回となく繰り返し読んでいる本しか手元にない。


 すなわちルナ・ペルッツ著『第十綺譚集』だ。革装幀の、多く刷られた割りには凝った作りの本だ。


 読み返してみると意外と忘れている話もあった。


 この本の中に含まれている綺譚はズデンカも語られる現場に居合わせたものが多く、感慨が深い。


 とある村で百歳近い老婆から聞き取りをした時はとても苦労したものだ。耳がとても遠くて、ルナが何度も話さなくてはならなかったのだ。


 今日みたいに闇が濃く、暖炉には赤々と炎が燃える夜だった。ちょうど一年前、出会ってすぐの頃のことだ。


 ズデンカは我慢の限界を迎えそうだったが、ルナは、


「まあまあ」


 とヘラヘラ笑いつつ根気強く聞き、鴉の羽ペンで例の手帳に認めていた。八十年も前に村で起こった事件のことを。


――本当に話を聞くのが好きなんだな。


 ズデンカも、これに関しては感心するほどだった。もっとも当時はルナのことを心のどこかで警戒していたところもあって、表には出さなかったが。 


 他のことはいい加減で、日頃の生活すらちゃんとできないルナだが、本人言うところの『綺譚おはなし』を聞くためであれば地の果てまで飛んで行っても構わないとでも言いたげだった。


「こんな楽しいことって他にないじゃないか」


――いつも言っていたっけな。あいつは死ぬまで探し続け、書き続けるんだろうさ。


 少し感傷的な気持ちになってしまった。ズデンカは自分とルナの寿命の違いを考える時ほど切ない気持ちになる時はない。


 ズデンカは本を置いた。


――今日のルキウスの話はあいつも喜ぶかもな。ルナと再会できて、闘技場に行く機会があったら、ルキウスの願いも叶えてやれるかも知れない。いや、何でも出来る訳じゃないとも言ってるけどな。


 ズデンカは鉛筆を取り出して、紙に今日の出来事を書き付けていった。


 散文を書くのは久しぶりだ。変な文章になってしまわないか注意した。ルナに読んで笑われないよう、わかりやすいだけではなく、それなりに凝った文章にしなければいけないと思った。


――ルナのやつ、ルキウスに会えなくて悔しがるかもなぁ。古代の殺人事件なんて、あいつの一番知りたがりそうなとこじゃねえか。


 ある程度書いたところで鉛筆を持つ手が止まった。


 なぜか落ち着かない。


 今頃、ルナは何をやっているだろうか。


 ズデンカは心配になっていた。


――やっぱり探しにいこう。ルナが死ぬまで、あたしの存在意義はあいつのメイドだ。


 後悔していた。すぐ探しにいけば良かったのだ。


――大蟻喰なんかの言うことを聞くんじゃなかった。ルナのことだし、何とかやれるだろうと思ってしまった。


 もし、ルナの身に何かあったら。

 ズデンカは鉛筆を机に置き、立ち上がった。

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