表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

135/1231

第十四話 影と光(1)

――ランドルフィ王国西端パピーニ


  

 朝の光の中、メイド兼従者兼馭者の吸血鬼ヴルダラクズデンカは街の大通りを歩いていった。


 一体に吸血鬼は光が苦手とされるが、ズデンカはそうではない。ただ、微かに肌がこそばゆく感じられるぐらいだった。


 痛覚のほとんどないズデンカにとって、それは存在している証のようでわずかに喜ばしかった。


 影を持たないズデンカは怪しまれやすい。普通は誰も他人の足元など気にしないものだが、中には物好きもいるのだ。ジロジロと全身を眺められて通り過ぎられた。


 普段は綺譚収集者アンソロジストルナ・ペルッツと一緒に歩くことも多く、目立つことがなかったが、今は独りだ。


 ルナとは昨日、山の中ではぐれてしまったのだった。


 宿で一緒の部屋にいた自称反救世主大蟻喰は勝手にどこかへ行ってしまった。


 さあ、自由に動けるとなれば、何をしていいか困ってしまう。


――それぐらいここ数年あたしはルナのためにばかり動いていたということだ。


 一応ルナが戻ってきた時のために市場で買い物をして置こうと思い、外へ出たのだが、やはり心なしか寂しい。


――寂しい。


 言葉にしてしまえば、単純だった。


 一人で買い出しにいったことは何度もあるが、今は笑顔で待っていてくれる相手はいないのだ。


 自然と足どりはそれ、街の中をぶらぶらと歩いてしまうことになる。


 パピーニは古い町で、中世以前に立てられた石造りの建築を数多く残していた。


 かつて剣闘士が闘った闘技場コロッセウムの誰もいない座席に一人座って、物思いに耽った。


――そうだ。


 ズデンカは懐からまた紙切れを取り出した。持参した鉛筆でさらさらと書き記して、詩を書き付けた。


 いや、詩とも言えない断片のようなものだったが。


――ろくな言葉が浮かんでこねえ。


 己の詩藻しそうの乏しさを実感しながら、ズデンカは鉛筆をしまった。


 ずっと昔もこう言う廃墟に佇んでいたことが多かった。


 ズデンカは廃墟が好きだ。


 人の行き交う往来より、誰もいない場所を好んだ。


 自嘲的な笑みが口元に浮かんでくる。


――そう言うとこはルナも同じだな。


 いや、ルナは社交場やカジノなども大好きだ。そう言うところは自分とそりが合わないが、独りでいることも好きなことは良く知っている。


 だからズデンカもこっそり構わないでやることもあった。


――『構わない優しさ』とか七面倒なことを言ってやがったな。


 また、ルナのことを考えてしまう。


 大蟻喰にルナを抜きにした存在意義が不明と嘲笑われたが、本当にその通りだと思った。


 ルナがいないと何をして良いのか分からないのだ。


 詩を書くことに没頭出来るかと思ったが、そうではなかった。


――このままルナが戻らなかったら、あたしはどうなるんだろう? また百年ばかり、一人で彷徨うことになるのか。


 そう思いながらぼんやり草生したコロッセウムの中心部を眺めていた時だ。


 朝の光に包まれて、一人の少年が歩んでいた。古風な貫頭衣トゥニカを身に纏っていた。


 ズデンカは目をこすった。そんな人間じみた動きをしてしまうぐらい、自分の見た光景が信じられなかったのだ。


 なぜなら、そんな少年の姿はさっきまでかけらも見えはしなかったからだ。


「なんだ、なんだってんだよ」


 思わず口に出して、ところどころ大理石が砕けた座席を下っていき、中心部へと近づいた。


「お前、一体何者だ?」


 鋭く聞いた。


 少年はうわの空のようだった。


「言え。さもないと……」


 今のズデンカにはルナの制止すらない。殺そうと思えばすぐに殺せた。


 昔のように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ