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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第二話 タイコたたきの夢(4)



 本人にはとても余裕はなかった。枕に頭を預けると、そいつはすぐに眠った。と言っても昼休みは三十分もない。寝られるのはほんの僅かな時間だけだ。



 で、短い夢からさめたそいつは、



「やっぱり僕は夢の中でも太鼓を叩いていた。音楽がやりたいんだなあ」



 って繰り返してた。



 今まで同じ年頃のやつと音楽の話で盛り上がれる機会なんてなかったよ。


 俺が子供の時は戦争で逃げ惑ってばっかだったし。



「ほんとうに、素晴らしい夢だった」


「分かるよ。俺もそうだ。夢の中でもドラムを叩くぜ」



 時間があれば、二人で音楽の話が盛り上がった。



「兵隊に取られる前からずっと毎日太鼓を叩いていたよ。親にはそんな趣味は何にもならないんだから、止めなって言われたけどさ」



 あいつは言った。



「俺もそうだ。時が来て軍隊を辞められたら、音楽で食っていくんだ」



 男同士の趣味の会話ぐらい面白いもんはねえよな。他の連中は仕事でやってるやつがほとんどだろう。一般兵で辛い思いをするのが嫌だから、軍楽隊を志願したのもいる。



 だが俺たちは違った。将来、音楽家になりたくて、この楽器を選んだんだ。他の連中とは違う。



 でも、夜になるとそいつはまた嬲られる。



「お嬢ちゃぁん、今日はガン付けてくれちゃってどうしたのかな」


「そんなことしてな……」



 またそいつの腹が殴られた。両脇を挟まれて何度も何度も。いつも以上に強く殴られ続けていた。



 俺はベッドの中で毛布を被って見ているしかなかった。



 なんで庇ってやることができないんだ。自分を責めたよ。でも、俺はこんなに非力だろ。何もしてやることが出来なかった。



 そいつはどんどん弱っていった。そんな中で目を輝かせて、夢だけは熱心に語るんだ。いつか、こんなところ出て音楽で身を立てたいってな。太鼓叩きであることを誇れるようになりたいって。



「もう無理だよ」



 パレードも近づいて来たある時、そいつはぽつりと呟いたんだ。別に目立って絶望している訳ではなく、普通の顔で本当にいきなり。そして、高らかにスティックでドラムを叩いた。



 凄い音だったさ。



 やめろって言いたくなったよ。人に気付かれるからな。



「何言うんだ!」



 虫の知らせっていうのか、悪い予感がしたんだ。でも、やつは黙ってうずくまり、もう何も言わなくなった。



 もっと聞きたかったが、時間は来た。練習を続けなくちゃならず、そいつは上官にまた殴られていた。



 夜になるとみんな異常に気付いた。そいつがいなくなっていたんだ。



 就寝前の巡検でそれを知らされた上官は声を荒げ、草の根分けて探せ、見つかるまで就寝することはならないと告げた。



 イライラしながら、みんなで探した。いじめっ子たちは、みつけたらタコ殴りにしてやると豪語していた。俺は一人であいつの居そうな場所、これまで二人が昼休みを一緒に過ごしたところを探した。



 でも、やつはいなかった。



 目の前が真っ暗になりそうだった。俺は声が枯れるまで叫び続けた。



 すると、ドラムの音が聞こえてきたんだ。どこからだろう。



 はっきりと、何度も何度も繰り返すように鋭く響く。


 あいつの言葉を思い出した。夢の中でもドラムを叩いているんだ。



 きっと、あいつだ。


 間違いない。



 俺は駈け出した。その時には、どこから声が聞こえてくるかもよく分からなかったけどな。


 だが、あいつは見当たらなかった。


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