第百九話 赤い岩(1)
――???
ただひたすらに吹きすさぶ寒風。
それは、先ほどまでナイフ投げのカミーユ・ボレルがいたシュトローブルの氷で閉ざされた要塞よりもはるかに冷たかった。
「面白い。あんな芸当が出来るんですね。瞬時転移か。うまく自分のものに出来たら楽しく人を殺せそう」
カミーユは新しいものに出会うとすぐにそれを人殺しに使えるかどうか考える癖が出来ている。
どうやらルナのメイドであるキミコがランプからよびだした魔神によってどこか遠くへ飛ばされたらしいのだ。
地表一面が厚い氷で閉ざされている。
「だいぶ北半球に来たみたいですね」
カミーユはだいぶ経ってから一言呟いた。
おそらく北極に違いない。カミーユは話しでは訊いていたがまさか自分がそこに行くなどとは思ってもみなかった。
数々の魂を体のなかに取り込んだからか、あまり寒さを感じなくなった。
大きな変化は自分の思いついたものを一部実体化できる能力を得たことだった。
つまり綺譚蒐集者ルナ・ペルッツと同じ能力だ。
しかし、違うのはカミーユの場合人を殺す・壊す方向にしかものを作れないのだった。
ルナの能力は人を生かしも殺しもする。だがカミーユは殺すことしか出来ない。
大工の妖精ハケス・バラオウの即席で建物を破壊・変容させる能力を組み合わせればシュトローブルでのように攻城戦にも応用できるが、カミーユからするとまだ物足りないのだった。
「完全にルナさんと同じにならなくちゃつまらない」
そのためにもルナを捕まえて、どこまでも破壊する必要があるのだった。
ルナの力はどこから来て、どこへ行くのか。
「ルナさん。あなたはこの世界を滅ぼすも、自由なんですよ。私は壊す方だけですけど。うふふふふふふ」
カミーユは微笑んだ。
『独り言きっしょいわ』
訊いた声がした。
聞こえてくるのはもちろん『告げ口心臓』からだった。
「どなたでしたっけ?」
カミーユは全く思い出せなかった。
興味もないのだ。
『おれや。グラフスや。忘れたとは言わせんで』
「あー、そんな方もいましたね」
グラフスはスワスティカ猟人フランツ・シュルツの連れオドラデクとよく似た生き物だ。
確かミュノーナのルナ邸ではぐれて以来だったはずだ。
『お前、また殺したんか』
「はい。だからどうなんですか?」
『どうでもええわ。俺も人が死のうが知ったこっちゃないしな』
グラフスは呆れた。
「なら会話はここで終わりですね」
カミーユは黙った。
面倒くさかった。グラフスは異様なまでのおしゃべりで相手をすると疲れるのだ。かといって殺すことも出来ない存在だから厄介なのだった。
「生き埋めにでもしておけばその口も百年ぐらい封じておけるかな」
カミーユは呟いた。
「ちょいまちいやお前。心の声漏れ出てんで」
「そうでしたか。それは申し訳ありませんでした」
カミーユは答えた。
「おれ史上で初めてやで、そこまで心がこもってない謝罪してもらったの」
「仕方ないでしょう。グラフスさんは私にとってつまらない存在なんです。どうせならもっと面白いことを話してください」
『お、お前に面白いとか言われたら、それこそ人として終わりやと思う……』
「あなたは人じゃないでしょう」
『言葉の綾や』




