第百八話 氷の城(13)
疑念は群雲のように次から次へとわいてくる。
「ともかく、お前は戻れ! これは預かっておく」
ズデンカはオドラデクの手から『心臓』をひったくった。
「ふぁあ~い」
オドラデクは不満そうな声を絵がながらよたよた下の階に降りていった。
ズデンカも帰ろうとした。
しかし。
「ズデンカさま」
また、別の声が響いた。
ジンだ。
いつの間にか、ランプを離れてズデンカの近くにやってきていたのだ。
「お前かよ」
ズデンカは呆れた。独りのところにやってくるとは何かこっそり話したいことがあるのだろうと推測できた。
きっとズデンカを追ってついてきたのだろう。
「さきほどは取り乱してしまい大変失礼しました。実はここだけの話なのですが……」
ビンゴだった。
「どうした?」
「私はキミコから離れたくないのでして……」
「いや、わかってたが」
ズデンカは驚きすらしなかった。
あそこまで難癖をつけてキミコの元にとどまっていたのは、キミコの元を離れたくないからとしか考えられない。
「これはこれはさすが叡智のズデンカさまですね。もうお気づきになっていたのですね」
ジンは両手をすり合わせた。
「いや、誰から見ても丸わかりだと思うが……」
「実を申しますとキミコの父上のセイタイさまから、亡くなる前、三つ目のお願いとしてキミコをどこまでも守ってくれとお願いされているのです。あ、三つのお願いは家族主義ではなくあくまで個人主義です。一人に付き三つの願いと決まっております」
キミコの父セイタイは戦前オルランド公国に移民した島尾の医者だった。
島尾では侍と医者がわかれているらしいがキミコの家は侍と同じようにハンシュ(領主のようなものか?)に召し抱えられていたようだ。
「なるほど、だからか。お前の性格が悪いからだと思っていた」
ズデンカは始めて納得した。
「いやわたくしめは性格が悪いのです。それは確かななれど、キミコのそばを離れないのは、まあそういった理由からでして」
「願いはあと二つも残ってるぞ」
ズデンカは冷静に考えた。
「はい。ですがまた使ってしまうでしょうね。あれだけ自制したのですが……とうとう一つ目の願いを使ってしまって」
「使っていいじゃねえか。キミコに最後の願いでお前にそばにいて欲しいと言わせりゃ」
ズデンカは何の気なしに言った。
「まさか。それはムリです。考えてみてください。キミコはあのように潔癖な性格です。まさかそんなチートをやるわけがない」
「ああ確かにそりゃそうだな」
ズデンカは納得した。
「で、あたしに何をしろって言うんだ。願いを増やせとかか? それこそお前の言う願いに対する冒涜じゃねえか? まあどっちにしろあたしはそんな芸当はできねえがな。ルナだって難しいだろう。というかキミコの親父はなんで最後の願いでそんなことを言った?」
「ただ、子を思う親心からだと思います。邪念が一切感じられませんでしたので私も願として受け入れた次第でして」
「お前もいろいろ決まりがあるんだな」
ズデンカは素直に感心した。




