第百八話 氷の城(9)
「願いを――叶えてほしいの――今すぐに」
キミコはぶるぶる全身を震わせながら言った。
「なんども伝えたではないか。君はまだそれを叶えるような状況には際会して……」
「今はその状況だ。わからないか!」
ズデンカは叫んだ。
ジンはのらりくらりとキミコの願いをかなえてあげない。これまで何度かそんな機会はあったにもかかわらずだ。
「ズデンカさま、なるほどあなたさまの意見には一理も二理もあります。これは確かに剣呑な状況です。しかし、こういう時こそズデンカさまのお力によって打開すべきなのではないでしょうか。なぜなら私よりもズデンカさまのほうがお強いからでして、この場合における私の活躍などたかが知れたものになってしまう」
べらべらとジンは語り立てる。
ズデンカはもう途中から聞いていなかった。
「またにぎやかな方が出てこられましたね。でも、どっちにしろ、三つの願いはかなえて差し上げなければなりません」
カミーユは冷たく言った。
「ふむ、今あなたさまは何とおっしゃられましたか?」
ジンがふと真顔になってカミーユの方を見た。
「三つのお願いを叶えてあげなくちゃって思ったんです。まずキミコさんを殺す。そして氷漬けにする、それから、四肢をバラバラに引き裂く」
カミーユは表情を一切変えずに続けた。
ジンの眉間にしわが寄った。
「それは、あなたが、三つの願いを叶えようとなさっているという意味ですか?」
「もちろん、何か悪いことでもおありですか?」
カミーユは答えた。
「だまらっしゃい!」
突如ジンの顔が真っ赤になり怒鳴り声を上げていた。
今まで見たこともないような顔だった。
と言ってもズデンカは過去何回か見ただけだが。
ズデンカも少し驚いて身構えてしまったほどだ。
「おや、何か黙るべきことなんて、ありますか。声が大きいですよ。むしろ黙るべきはあなたなのではないですか」
カミーユは挑発する。
「願いを愚弄するな! 三つの願いは神聖なのだ! お前の行いは冒涜だ!」
ジンはまた叫んだ。
「うるさいですね。あなたのこだわりなんか知ったこっちゃありませんよ」
カミーユはナイフをジンに向けた。
「キミコ。とうとう君の願いを叶える時がやってきたのかもしれない。しかし今は一つだけだ。即答してくれ」
「え、即答しろって言われても……」
「何でもいい! ともかくお前の思い浮かんだままの願いを言え!」
ズデンカも必死になっていた。キミコが何を選ぶかはわからない。
だが、何か言わないとすべてが終わる。
答えは、キミコにかかっている。
「え、え、え、え、え」
キミコは神経質そうに木綿の手巾で額を吹いている。
「私が言ったあなたの願い以上に、あなたが望んでいることがあるんですか? なら、さっさと言ってくださいよ」
カミーユはしかし、それほど起こっている様子も見せず淡々と答えた。
その機械的な様子がなお一層恐ろしい。
「えっと、どうしよ……どうしよ」
キミコは迷いに迷っている。




