第百八話 氷の城(8)
「話が途切れてしまいました。さあ早く続きを」
キミコが答えようとして吐いた息が白くなった。手も震えている。
――あまり長くはもたない。
そう言えば毛布を被って寝ているルナも、苦しげに寝返りを続けていた。
カミーユはたぶんズデンカが何か動いてくるだろうと思っているのだ。
だから、他の者をこうやって虐げる。
「も、桃太郎はおじいさんとおばあさんに旅の備えとして、きびだんごを……」
「ちょっと待ってください。またわからないものが出てきました。きびだんごってなんですか?」
カミーユは鋭く訊いた。
「きびの粉で作ったおだんごです。えっと、きびという植物があって、お米に近いのかな? あ、そのだんごって言うのは」
「もういいです。十分です。あなたのお願いを叶えましょう」
カミーユはナイフをしまった。
「わ、私の願いですか? とくに……何も」
「ないなら私が探してあげます。あなたは誰か会いたい人いますよね」
「ち、父上に再び会えるなら」
「じゃあ会わせて上げますよ。――天国でね」
カミーユはナイフを投げた。
もう限界だった。そのわずかな隙を狙ってカミーユの前に立ちふさがりナイフを受け止めていた。
「やっぱり、ズデンカさんが来ましたか。どこまで人なんか守るんです。その人はあなたにとってルナさんほど大事じゃないはずですよ?」
「人の命に大事もクソもあるか。お前がやってるのは人殺しだ」
「だからなんだって言うんですか? この話は何度もしてます。願いは三つ叶えなくちゃなりません。だから急いでいるんです」
カミーユは言った。しかし急いでいる様子は毛ほども見せていない。
「おいキミコ、こいつとは何も話すんじゃねえ。少しでも話すと相手のペースに持ち込まれる。お前じゃ無理だ」
「は、はいわかりました」
キミコは力なく応じる。
「ズデンカさん。人間なんて遅かれ早かれみんな死んじゃうんです。それが早いか遅いかだけの違いじゃないですか。永遠の命を持つあなたならわかるでしょう。もちろん私もやがて死にますよ。どんな死に方をしようかって考えただけでわくわくしてくるんです」
カミーユはズデンカを無表情で見つめながら言った。
「お前が殺してるんだ! それを忘れるな」
――何を言っても糠に釘、暖簾に腕押しだ。
これは以前キミコから教えてもらった島尾のことわざで、何をしても無駄ということだ。
糠とは何か、暖簾とは何かすらズデンカはわからなかったが、それでも使いたくなってしまう。
「キミコ、ランプをこすれ!」
ズデンカは叫んだ。
もうそれしかなかった。
ジンは頼りにならないが、カミーユをしばし躊躇させるぐらいのことはできるはずだ。
答えもせずキミコは動いていた。後輩らしくなったことにズデンカは感心した。
突如もくもくと煙が氷に包まれる部屋じゅうに広がった。
ターバンを付けてガンドゥーラを着た筋骨隆々たる巨人――ジンが姿を現した。
「これはこれはキミコ――またかい? それにズデンカさま、こちらはお久しゅうございます。何かご用はおありですか?」
ジンは慇懃無礼にお辞儀をした。




