第百八話 氷の城(5)
ズデンカは動けない。
カミーユの速度はズデンカと互角だ。
だから、もし身を乗り出せば、キミコは最低でも殺されてしまう。
ジナイーダもカミーユの猛撃を食らって不死でいられるか正直わからない。
かと言って、カミーユもすぐ二人を殺すつもりはないのだ。
殺すとすればもう殺しているだろう。
あえて、手の中で時間を掛けて小鳥を握りつぶように、ゆっくり殺していこうとしている。
「あなたたちは、いずれ死ぬんです。この要塞は氷に閉ざされる。そして、人間はほぼ確実に死滅します。体の小さいあなた、特に黒い髪のあなたなら、たちまちのうちに凍ってしまうでしょう」
カミーユは祈祷書を読み上げるように厳かに言った。
「カミーユ!」
ズデンカは叫んだ。
しかし、叫ぶことしかできない。
近づいたらカミーユがキミコを殺すだろう。じわじわ殺すつもりでも都合が悪くなればすぐに切り替えて殺す。
カミーユはそういう人間だ。
「私は、戦えます。私には、これがあります」
キミコは懐から小汚い魔法のランプを取り出した。
ズデンカはむしろ焦った。
――あれは何の役にも立たない。
魔法のランプのなかにはジンが封じ込まれている。
願いを三つ叶えるという。
しかし、何かと言って理由を付けてキミコの願いを叶えようとしない。
全くの役立たずだ。
「あなた、なんて言いましたっけ」
カミーユはキミコを指さして言った。
「キミコです」
素直な答えが返ってきた。
「いい名前ですね。それでは唐突ですあなたのお話を聞かせてください。そしたら願いを三つだけ叶えてあげます。これ、ルナさんのマネなんですよ」
「は、話ですか」
キミコは戸惑った。
――そうだ。そうだった。カミーユも人から話を訊きたがるんだった。
「あなたは東洋の生まれです。珍しいお話をたくさん知っていることでしょう。私はとても興味があるんです。さわりだけでもいいので話して訊かせてくださいよ」
「カミーユ!」
どたどたと階段を駆け上がって処刑人のメアリー・ストレイチーとスワスティカ猟人のフランツ・シュルツが入ってきた。
「ああ、邪魔ですね。なんであなた方まで来るのか。わかっているでしょうね。それ以上少しでも動けば、このルナさんの前にいる二人の喉にナイフを投げます。後は……お分かりですよね」
カミーユは少しだけ顔をゆがめながら、然し笑みを浮かべたままで言った。
「少しだけでも話を聞いて!」
メアリーは悲痛に叫んだ。
「どうしてあなたの話なんか聞かないといけないの。何度も何度も聞いたよ。大昔にね。退屈だよ。このキミコさんの方が楽しい話を聞かせてくれそう。さあ早く話してよ!」
カミーユは急かした。
キミコは額に汗を掻いている。少しでも間違えたら命を取られるような状況なのだから当然だ。
「何でも良いから話してやれ。お前ならいろいろ知っているだろ」
ズデンカは言った。
今は話をさせるより他にすべがない。
時間稼ぎにもならないかも知れないが、それでもルナが目覚めるなり何なりして自体が大きく変わるかも知れない。
カミーユがそれで大きく動じるとも思われず、飽くまで希望的観測かも知れなかったが。
「わかりました」
キミコは話し始めた。




