第百八話 氷の城(2)
狂気に満ちた相手にもはや、何を言っても無駄だ。
避けながらも天井を伝い歩き、カミーユに肉薄しようとした。
しかしカミーユは本当はズデンカを相手にする気はないようだ。
要塞の奥へ奥へと侵入していく。
「待てえ」
ハロスはものすごい勢いで追随する。
「邪魔です」
カミーユは聖水を振りかけたと思われるナイフを投げつけた。
ハロスの足首に直撃し、その動きはしばし止まる。
「深追いはするな。あいつはお前ひとりでは勝てない」
ズデンカは追いついていった。
「大丈夫だよズデンカ。足が動かないならちぎればいい」
ハロスはその言葉通り自分の足を引き裂いて新しく再生させた。
「それがカミーユの狙いだ。できるだけ相手を消耗させて弱くさせようとしてくる」
「大丈夫だよ。何年吸血鬼やってるんだ? あの程度人間を過大評価しちゃいけない」
ハロスも大蟻喰同様、カミーユの実力を見くびっている。
――あいつは本当にこの要塞を陥落させるかもしれない。
ズデンカは本気でそう思っていた。
難攻不落でさきの大戦のおり、連合軍すら陥落できなかったと伝わる強大要塞。
まさか、それをたった一人の少女が落とそうとするとは。
他の兵士たちは氷にとらわれて全身を覆われていた。
おそらく命はないだろう。
ズデンカは苦しく思いながらカミーユを折った。
――たくさん、殺されている。
カミーユはまるでパンでも買うように人を殺す。この要塞もルナと殺せないズデンカらを除いて、全てを消し去るつもりなのだろう。
ズデンカたちの目の前に、円錐型に見えるようなかたちをした背が高い帽子を被った女が姿を現した。
ディナだ。
カミーユの使役する妖精。
「何なんだよこいつはよぉ」
ハロスはそういいながら殴り掛かった。
「止めろ! こいつは」
ズデンカはハロスを後ろから羽交い絞めにして後ろに投げ飛ばした。
そのまま氷に覆われた床へとハロスは落下する。
「おい、ズデンカ!」
ハロスは恨みがましそうな目でズデンカを見た。
「こいつとは会ったことがある、複数のものを掛け合わせて融合させちまうんだ。豚と人間だったりな。あたしとお前も合体させられちまうぞ」
ズデンカはかつてディナと遭遇した際の苦い記憶を思い出していた。
「そりゃ楽しそうだねえ!」
ハロスはにやけ顔になった。
「馬鹿言うな、そんなことになったら戻るのに何時間もかかるぞ。あいつに飲み込まれんように距離を取って攻めろ」
ズデンカは厳しく言い渡した。
「どうやってあいつをやればいいんだ?」
さて、確かにその通りだ。ディナは全身を使って相手を飲み込み、融合させようとしてくる。
とすれば焼き払うしかない。
しかし、ズデンカの手元には火種になりそうなものはなかった。ルナの喫煙用に用意していたマッチの箱はあるにはあるが、開けてみるとみんな湿気て使い物にならなくなっていた。
――どうすりゃいい?
ズデンカは困惑した。
「火が熾せないんじゃ……氷漬けに……そうか!」
ズデンカはひらめいた。
「ハロス! 何とかしてあいつを床に押しつけろ。出来るだけ氷の広がっているところがいい。この速度で冷たくなっているなら、じきに固まるだろ。これは二人で協力してはいけない。お前独りだけがやれ!」




