第百七話 運命の卵(16)
ハロスはどたどたと要塞内の廊下を駆け回る。
ヴォルフの指示によって大分人払いが行われたのか、他の兵隊の影は見えなくなっていたため、ズデンカも一安心して足を速めた。
すると。
もの凄い振動が要塞内に響いた。大地から揺れているのだ。
――何が起こったんだ?
ズデンカは一番下の階に降りた。
すると血しぶきが、おびただしい血しぶきが上がっている。
カミーユ・ボレルが斧を振り回しながら、ヴェサリウスに騎乗して兵隊たちを切り倒して回っているのだ。
「ズデンカさん! また会えましたね」
カミーユは明るく叫ぶ。
「お前にこれ以上人殺しはさせない」
ズデンカは両手を広げ、カミーユの前に立ちはだかった。
「本当ですか? それじゃあ私を殺して下さい! そうしないと止まりませんよ?」
そう言ってカミーユはまた兵士の頭を斧でたたき割った。
「こいつ、痛い目見せてやった方がいいな」
ハロスが腕まくりをしてズデンカの前に出てきた。
「えーと、あなたなんとおっしゃいましたか?」
カミーユは首をかしげた。
「どうでもいい。すぐ死ぬ人間謎に名前は教えねえよ」
そう言ってハロスは飛びかかった。
「あはははは。それじゃあ戦いますか」
もの凄い速度で影と影が激突する。カミーユはもの凄い勢いで鉄の壁を駆け上がり、天井からハロスへ斧を振り下ろす。
ハロスも物凄い速度で避けた。
「遅い遅い、そんなんじゃ俺には尾いてこれねえよ」
ハロスは背中に蝙蝠の羽を生やし、天井に飛び移りながら、カミーユの頭蓋を狙おうとした。
しかしカミーユは避け続ける。
「この城塞、私独りで落としてみせましょう」
ハロスの攻撃をかわしながら、ズデンカの方を向いて微笑んで見せた。
ズデンカも加勢する。
二人がかりでもカミーユにはついて行けない。むしろナイフを命中させられる。
命中するたびに傷口から煙が吹き出した。
「聖水をたっぷりぬらせていただいてますよ。吸血鬼にはやっぱりこれが効果的ですからね」
カミーユはナイフをくわえながら器用に話した。
「二度と同じ手は食わん」
ズデンカはナイフを避けながらカミーユに一撃を入れようとした。
だが、カミーユには一指も触れられない。
「そうこうしている間に、人が死んでいきますよっ、と!」
カミーユはズデンカの先へ先へと進んでいき、押し寄せる兵士たちを軽々と殺していった。
目にもとまらぬ速さだ。
「いかせねえ」
ズデンカもハロスも天井を逆さ伝いに後を追った。
「?」
と、ズデンカはいきなり足が動かなくなるのを感じた。
――どうした? また聖水を撒かれたか。
しかし、足元を見てみれば、違うことがわかった。
氷だ。
足を靴のように氷の塊がまとっていることに気づいたのだ。
「何だよこれ、動けねえ」
ハロスも同様だった。
天井も壁も反対側の床も次第次第に氷に覆われ始めている。
力をふり絞って蹴り上げると、何とか氷は破壊された。ハロスも同じように破壊している。
「ズデンカさん、冷えてきましたね。お気づきでしょ?」
カミーユはニヤリと笑って振り向いた。
「今度は何をした」
「この城は、深い氷で閉ざされるんです。未来永劫ね、はははははははははははははは!」
カミーユは高らかに笑った。




