第百七話 運命の卵(15)
「訊くんですかねえほんとに」
メアリーは半信半疑だった。
「あいつはズデンカには頭が上がらないようだ」
「あがらないかは知らんがな」
ともかくハロスとは古くからの知り合いであることは違いない。正直な話、それほど親しい仲ではなかったのだが。
とはいえ、なぜだがズデンカが指示したらその通りにしてきたのは間違いない。
フランツはよく観察している。
「とりあえず、ズデンカがいてくれるなら開放してもいいのではないか?」
「じゃあ試験的に開放しますね。ただ聖水は残しておきます。ハロスさんを移動させるの手伝ってください」
そう言ってメアリーとフランツはもごもご言っているハロスを両肩の側から持ち上げ、立ち上がらせて、撒いてあった聖水から遠ざけた。
猿轡を外す。
「ぷふぁあ! 何しやがんでい!」
ハロスは息を吐いた。
「おい、ハロス、一大事だ」
ズデンカはハロスの首根っこをつかみ言った。
早く話を変えたかったのだ。フランツらともめられると後々ややこしくなりそうだった。
「どうしたい、おい?」
ハロスもズデンカを見てにやにやしながら言った。
どうやら切り替えは早いほうらしい。
「この城が襲われてる。それもなかなか敵いっこない、手強い奴らにだ。お前の手をなんとしても借りたい、協力してくれないか」
「え、ズデンカ自らそんなこと言ってくれるんだ。もちろんするする協力するよ」
「やれやれ、こんなやつを本当に野放しにするつもりなんですか、ズデンカさん」
いつの間にか姿を現したオドラデクが部屋の扉口に立っていた。
「お前こそずっと探してたんだぞ! 今までどこをほっつき歩いていた?」
フランツが怒りを込めて食って掛かった。
「まあそこらへんの散歩ですよ。おかげでこの城のことがすっかりわかっちゃいました! 感謝してくださいよ。どこにでも目をつぶっていても案内できます。あ、卵から発される光はぼく大丈夫なので安心してくださいね。フランツさんこそ危険なのでこの部屋で待機していればどうでしょうかねえ?」
オドラデクはにやにや笑いながら言った。
「窓はふさがれている。俺も行くぞ」
ズデンカはいや、お前は足手まといだと言いそうになってただちに黙った。
カミーユは自分一人だけでかなう相手ではない。そう思い知ったにもかかわらず、いまだにフランツはどこか頼りないと考えてしまうのを止めることができない。
「ともかく、ハロスだけはあたしと来い。他の奴は分散して城のなかを移動しカミーユの次の攻撃を待つ」
ズデンカは言った。
「また仕切りですか。まあぼくは仕切りたくないので、ズデンカさんにお任せしますよ」
オドラデクはそういってふらふらと部屋の外へ出ていった。
メアリーとフランツがそれを追いかけていく。
ズデンカは腹が立ったが、それを押さえてハロスを立ち上がらせた。
「身体はなまってないか?」
「全然。聖水で身動き取れなかったぐらいだから、ひと暴れしたくてたまらねえよ」
そう言ってハロスは全身をぐりぐり動かした。
――人間が嫌いとか言って見下している癖に、一番人間臭い奴だ。
ズデンカはそう思った。




