第百七話 運命の卵(14)
カミーユは人の命を何とも思っていない。単純に奪うだけならともかく、どれだけ痛めつけても尊厳を踏みにじっても構わないと考えている様子すらある。
――目から光を奪うことを『運命』だと? それは運命じゃねえ。お前が奪ってるんだ。お前が人を壊してるんだ。お前に『運命』を気取らせはしない。お前の殺戮は絶対に留めてやる。
時間が経てば立つほど、ズデンカの怒りは強まっていく。
今のカミーユは絶対に許せないやつだ。
ズデンカはまた司令部に戻り、集まっていた兵士たちを他の場所へ避難させた。
光の届かない安全な場所は他にもたくさんあったからだ。
要塞の司令室の隣に位置する講堂はとても広かった。ズデンカはここに負傷した兵士を連れて行った。
元気な兵士たちも一緒になって、負傷した者たちを幾人も横たえていく。
「思ったよりカミーユの被害を食らっ地待ったやつは多いようだな」
ズデンカはある程度寝かしつけていると、救助に参加する兵士たちの数が増えてきたので、その場を離れることにした。
「大蟻喰はどうした!」
ズデンカは怒鳴りながら要塞を探し回った。
暗闇のなかでもズデンカは自由自在に歩けるのだから。
と、何かうめき声がする。
近くの部屋からだ。扉は窓をふさぐために使用したのですべて丸見えだから場所はすぐにわかった。
「ハロス!」
ハロスが全身を縛られて猿ぐつわをはめられ床にあぐらを掻かされている。
うめき声を上げていた。
大蟻喰はそれを何度も何度も蹴りつけていた。
「こいつ! こいつ!」
憤怒で形相が変わっている。よほど前負かされたされたことが悔しいようだ。
「おい、やり過ぎるな」
「やっぱりキミは身内をかばうんだな? こいつは害しかもたらしていないじゃないか」
「まあ、確かに害をもたらしてはいる。だが今は戦力になる。あたしらだけではカミーユに勝てないだろ」
ズデンカは必死に説き訊かせた。
ハロスなどの弁護をするつもりはない。だが今の状況では猫の手も借りたい。
犬狼神ファキイルの協力を得るという手もあるが、フランツたちのようにずっと旅
してきていないズデンカからは言い出しづらかった。
「こいつを救えって言うのか? どうやって救うんだよ」
「お前が猿ぐつわを解いて、手足を自由にしてやれ」
ズデンカは言った。
「ちょっとちょっと、許可も取らずに解放しないでくださいよ」
メアリーがぷんぷん怒りながら部屋に入ってきた。
「その人――というか吸血鬼、私ちゃんをいきなり襲撃してきて、殺そうとしてきたんですよ。だから聖水で封じさせていただきました。ミスター・スモレットが持ってきたものを拝借していたんですよ」
ニコラス・スモレットはフランツと同じくスワスティカ猟人だが、ミュノーナでジムプリチウスの暗殺未遂事件を起こし逮捕されてしまった。
「それは構わんが、ハロスはなんとしても仲間にしたい。吸血鬼が二人でかかってもなおカミーユは手強い相手だ」
「解放したとしてその人が味方してくれる保証はあるんですか?」
「いや、ハロスはたぶんズデンカの言うことなら訊くと思う」
フランツが顔を出した。




