第百七話 運命の卵(12)
「触るな」
ズデンカはカミーユの手を振り払った。
「酷いですね。一緒に旅した仲じゃないですか」
カミーユは笑い声をあげた。
「お前じゃない」
ズデンカはにらみつけた。
「私以外に誰がいるです? まあいいでしょう。よく見ててくださいよ」
カミーユは銃眼を指さした。
「目が――」
兵士たちは目を押さえていた。そこからは血が流れている。
「しばらくは見れなくなるでしょうね。戦力は大分減りました」
カミーユは笑った。
「貴様、こんなことが許されると思うな」
ズデンカは言った。
「それはあの人たちが弱いだけです。ズデンカさんは強いので何ともなかったし、メアリーたちは事前に回避できた。おそらく切れ者のこの要塞の主将もきっとそうだと思います」
――ヴォルフのことも知ってやがったのか。
軍事に疎かったズデンカはヴォルフ中将の名前を聞いたこともなかった。対してカミーユは事前にちゃんと情報を得ている。
ズデンカは焦った。
「『運命の卵』って名前は多少大げさだった気もしますけどね。でも兵隊さんたちの運命は変わったでしょう?」
「お前見たいなやつに出会ったら、誰でも運命が変わる」
ズデンカは答えた。
「変わらないでしょう。ズデンカさんは。独立独歩でやっているじゃないですか。手強い相手ですよ」
「お前は多くの人間の運命を変える。だから、もう、生かしてはおけない」
初めてカミーユにこの言葉を使った。
カミーユを殺す。
それは今まで何度も頭をよぎったことがあった。
だが本人に向けて放つの話が別だ。
「いいでしょう。殺し合いましょう。でもあなたの命はたくさんある。私は一つだけです。今すぐにでも死のうと思ったら死ねる身、それが私です」
カミーユは自分の心臓を指さした。
「もう一人のお前、あたしたちと旅をしたお前のことは忘れられない」
「なんて感傷的なんでしょう。旅をした者同士殺し合うなんて普通ですよ。カーボーイって知ってますか? 彼らを主人公にした小説をいくつか読んだことがありましてね」
オーモニア通商連合は広大な大地を開拓することによって生まれた国家だ。そのときに牛を移動させる荒くれ者が多くいたという話はズデンカも聞いたことがある。ピストルで血なまぐさい殺し合いをやったのだ。
カミーユはそれに自分たちを重ねている。
ズデンカは嫌な気分になった。
「今すぐにでも殺し合いましょうよ。どうやって私を殺します? 心臓を差し出しましょうか。ズデンカさんの爪でえぐってくださいよ。血の臭いに興味はないけど、あなたがどういう殺し方をするのかは多少気になります」
カミーユはつぎつぎと煽ってくる。
――乗ってはいけない。
ズデンカは直感的にわかった。おそらくカミーユは自分を攻撃させようとしているのだろう。
――なら、裏を掻かせて貰う。
ズデンカは先ほどは否定した行為を――すなわち銃眼に飛び移るという行為を行った。
瞬時にカミーユと距離を取る。のたうち回る兵士たちの間を抜けて、床にうずくまるメアリーとフランツに駆け寄った。
――そういや大蟻喰はどこ行った?
ここには来ていなかった。
部屋を出るときは一緒にいたような気がするのに。
ズデンカは気がかりだった。




