第百七話 運命の卵(10)
執務室は要塞の地下中央部に位置していた。
爆撃などを避けるため、奥まった場所に設置されているのだろう。
階段を降りるほどにますます冷ややかになりまさるのか、フランツやメアリーはさむがっていたがズデンカは気温の変化を感じなかった。
ズデンカは執務室をノックした。
「お入りください」
しわがれた声が聞こえた。
ズデンカはなかに入った。
机を前に老いた将官が座っていた。
「お前がヴォルフか?」
ズデンカは机から身を乗り出して訊いた。他の武官が制止しようとしたが、ヴォルフ自らが押しとどめた。
「ええ、そうです」
「ルナを守ってくれるんだな」
「はい、お約束しました。あなたがペルッツさまのメイドズデンカさまですね。ご本の献辞でも名前が出ているので存じ上げていますよ」
これまでの旅でズデンカは何度か献辞に名前が出ているために他の人間から知られていたことが何度かあった。
気恥ずかしかったが、自己紹介をわざわざする手間が省けるのだから、こんないいことはないのかもしれない。
「今、この要塞の周りを変な浮遊物が漂っている。卵のようなかたちをしていた。あれは危険だ。何とかして撃ち落とせないか?」
ズデンカはさっそく本題に移った。
「既に試みております。しかし砲弾を命中させ墜落しません。よほど強度があると思われます」
ヴォルフはすかさず答えた。
――こいつは話ができる。
ズデンカは即座にそう思った。もう既に動いており、卵を何とかしようとしている。
一を聞いて十を知る感じだ。さすがこの要塞を任されているだけはある。
「あたしなら、何とか破壊できるかもしれない」
「いや、お前だけじゃない。俺たちもやる」
フランツが口をはさんだ。
「そうだな。お前たちにも協力してもらう」
ズデンカは言った。
「私ちゃんもやってみます」
「あれは……ひょっとして人知を超えたもの、いわば妖精やそれに類する力によって作られたものなのではありませんか?」
ヴォルフが訊いた。
「ああ、おそらくはそうだと思う。カミーユ・ボレル。この要塞に攻めよせているのはそいつだけだ。だが、その部下の妖精や有象無象の集団が無数にいる」
「ボレル? もしかするとそれはトゥールーズの処刑人ですか」
ヴォルフは言った。
「そうだ。逃亡して今追われる身の上だ。あちこちで人を殺してもいるようだ」
ズデンカは自分たちと旅をしてきたことは伏せた。いずれわかることかもしれないが、なぜだか関連づけられたくなかった。
一度でも仲間だと思った相手に、この仕打ちは残酷なのかもしれない。
だが、今眼の名前にいるのはオルランド軍の重鎮だ。
それもきわめて洞察力に長けている。変なことを言えば、怪しまれるかもしれない。
詳しい地位こそわからないが、カミーユと自分たちがかかわりがあると示唆する発言はしない方が吉と判断した。
「それではさっそくあたしらはカミーユにあたる。援護してくれ」
ズデンカはこれ以上カミーユとのかかわりについて会話が及ぶのを避けるため、話
を変えた。
「わかりました。我が要塞にもあなたがたに負けず劣らずの剛のものがございます。友に連れて行かせましょう」
ヴォルフはとくに反対することなく素直に応じた。
ズデンカはその聞き分けの良さを少し不気味に感じるぐらいだった。




