第百七話 運命の卵(9)
「ボクが感じたところによればね。果たして信じるか信じないかはキミ次第」
大蟻喰はふざけて言った。
ズデンカは罪悪感が少し薄れたような気がした。しばらくは部屋の中をぐるぐる回って体を慣らしていく。
やがては前と変わりなく歩けるようになった。と、いうことはキミコからある程度の血を吸いだしたということだ。
ズデンカはまた罪悪感がよみがえるのを覚えた。
「ズデンカさんが動けるようになってよかったですね。あなたみたいな図体だけがでかい人が何もできないで横たわっていたら粗大ゴミにしか思えませんから」
メアリーは皮肉を飛ばした。
「この要塞はカミーユに攻められる」
ズデンカは言った。
「攻める? さすがにカミーユでもたった一人で出来るわけがないだろ」
フランツはあきれ顔で言った。
「いえ、カミーユなら出来ます。カミーユは人殺しの天才ですから、効率的に人を殺しを行うためには要塞の一つや二つ落とせても不思議ではありません」
メアリーは答えた。
ズデンカは嫌な予感がしていた。カミーユは何が何でもルナのところに到達する気だ。あそこまで念を入れて自分や大蟻喰の動きを封じようとしたのだから、この要塞を何が何でも落とそうとしてくるに違いない。
その時だ。
「あれはなんだ?」
要塞内に怒号が響いた。兵士たちの声だ。 駆け足が廊下でこだましていく。
ズデンカも外に出てそれに続いた。
出遅れた兵士たちは窓辺から外を眺めていた。
ズデンカも一緒になって外を見る。
すると。
要塞を幾重にも取り囲むように楕円の球体が無数に空に浮かんでいた。
――卵。あれは卵だ。
ズデンカはもう長らく食べたことがなかったが、それでもすぐにわかった。
「カミーユの仕業だ」
ズデンカは思わずつぶやいた。
――何か仕掛けてくる。
ズデンカは窓から飛び出そうとした。
「待て待て! 何も言わず飛び出すな。一応話し合ってから動こう」
フランツがものすごい駆け足で近づいてきてズデンカの肩をつかんだ。
「何を話し合う?」
「少なくともヴォルフ中将には会ってもらう」
「誰だそれは」
ズデンカにとって初耳の名前だった。
「この城の守備を任されている方だ。オルランド軍のなかでもそうとうな立場にあるという話だ」
「これは人間にどうにかできるはなしじゃねえ!」
ズデンカは声を荒げた。
「いや、人間もたくさん集まれば何か思いつくかもしれない。かってに決めんなよ。少しは俺にも協力させろ!」
フランツは怒鳴り返した。
これでズデンカも我に返った。
――あたしは、全部自分だけで解決しようとしていたのかもしれない。
実際それは無理だった。その結果としてズデンカも大蟻喰も追い詰められた。
カミーユは協力して戦わないと勝てない相手なのだ。
かつてのカスパー・ハウザーやジムプリチウスにすら匹敵するほどの力を得ているのは間違いないのだから。
「じゃあ、そのヴォルフとかいうやつに合わせてくれ。話がしたい。あの卵は絶対にそのままにしてはいけない。何かしてくるに違いないんだ」
「わかった」
フランツはそういってズデンカを下の階へと案内した。




