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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第二話 タイコたたきの夢(3)

 俺たちは普段兵舎で寝てるんだが、あまり睡眠時間は取れない。夜の九時に消灯で、朝の四時前にゃ起きねえといけないからな。都合七時間もない。天井は低く、ベッドとベッドの幅も狭い。やることは限られてる。



 なら、しっかり寝ろよって思うだろ?



 だが、そんな短い時間すら妨害されるんだ。


 誰にって?



 そりゃ、もちろんお仲間にだよ。同じ兵隊にさ。


 そいつはいじめられてたんだ。まず冷たい水をかけて起こされる。枕もシーツも何もかも水浸しになって、寝られやしない。



 もちろんそれで終わることはないさ。


 腹に一発殴られるのが最初だな。



 思わず食ったものを吐いちまう。鼻の奥が思わずツンとなって、口を押さえてうずくまるんだ。



 「おう、お嬢ちゃん」



 耳元でそう囁かれるのさ。女扱いされるのは俺たち若い兵士にとっちゃあえらく屈辱だ。耐えようのない嫌さを感じる。



 「今日もぐっすりお休みですかぁ」



 また、腹を殴られる。続いて股間だな。寝ないで傍観してるこっちだって肝が冷えるさ。


 丸裸にされ、皆の前で晒し者にされる。顔を赤くしながら髪を引っ掴まれて、犬のように地ベタを這い回らされるんだ。



 見ていられなかったね。



 およそ酷いって思われるようなことはたいがいやられたさ。靴を舐めさせられる。煙草を肌に押し当てられる。首を絞められる。



 排泄物を食わされるというのもあったな。おっと、淑女方には失敬だったか?


 そんな訳でそいつは寝ることも出来ない。いつもへろへろと歩いていた。だから当然上官からも顔をぶたれるさ。



 鉄拳制裁だとよ。



 これもイジメとは違って堪えたようだぞ。いや、ほとんどイジメだったな。顔がゴム毬のように腫れていたんだから。



 少しでも時間に遅れたら殴られるぶたれる、その繰り返しだった。



 皆で練習する時も一人だけ先走って音を乱す。それでどやしつけられる。やり直すと今度は遅れる。



 一日何時間も練習は続くんだ。あんたらみたいな淑女方は堪え難いだろうな。今日のパレードに向けてみんな汗水垂らしてる最中だ。そん中でそいつだけが空気を乱す。



 いじめに加わわらないやつらも、そいつのことを影で罵りだした。



 流石に可哀想になってな。




 「苦しかったら言ってくれよ」



 俺に友達はいないけどよ。そいつも誰もいないようだったからさ。太鼓叩きとして何か声を掛けてやりたくもなった。



 「ここから出たい」



 そいつは言ったよ。



 「兵役で取られた以上、終わるまで出れねえよ。俺も出たいんだ。でも、我慢するしかねえさ」


 「じゃあいい。自分で何とかする」



 なかなか心を開いてくれなかった。



 そいつが寝る時間をうまく作ってやることにした。と言っても俺だって一人の兵士に過ぎない。



 夜にいじめられて寝れないなら、昼に寝れる時間を作ってやろうと思った。



 外出が許された時間に店へ行って枕を買ってやった。そいつの枕はとっくに盗まれてたからな。で、昼休みの間、倉庫の裏だったり、兵舎の横だったり、誰もいなさそうな場所へこっそり連れ出してやって寝かせてやった。

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