第百七話 運命の卵(1)
――オルランド公国シュトローブル郊外
綺譚蒐集者ルナ・ペルッツのメイド兼従者兼馭者ズデンカは戦っていた。
相手はナイフ投げのカミーユ・ボレルだ。もの凄い勢いで斬りかかり、また突き、裂きえぐりを繰り返してくる。
さっきからもう幾度繰り返しズデンカは攻撃を受けまくったことだろうか。
「疲れてますか? ズデンカさん、疲れてますか? 私は全然」
カミーユは明るく叫んだ。
さきほどカミーユはズデンカ一行が載ってきたバスを強襲し、破壊した。
幸いオドラデクが変じたものだったので、さしてダメージはなかったが、ズデンカと自称反救世主の大蟻喰はバスから出てカミーユと戦っている。
しかし、これがなかなか強い。人間とは思えないほどの身軽さ。ズデンカや大蟻喰とほぼ互角と言えるほどの動きでズデンカのほうが逆に翻弄されていた。
昔ならともかく、ヴルダラクの始祖ピョートルの血を受け継いで強化されたズデンカと戦って引けを取らないのはあまりにも異常すぎる。
「こいつ、早すぎる」
大蟻喰もかなり手疵を追いながら回復を繰り返している。
ズデンカと違って大蟻喰は自分が食った人間の肉を利用して再生するのだから数に限度がある。
――こっちが押されてるよな。
ズデンカは焦った。
要塞に入り、ルナたちと合流したかった。だが一昼夜過ぎてもまだ戦いは続いている。
確かに要塞からオルランド軍の援軍は来た。しかし、カミーユが放った『人獣細工』たちが立ちふさがり、進行通路をふさいでいる。
さらにだ。カミーユは妖精のハケス・バラオウを召喚し、戦っている三人の周りを囲うように壁を建築させた。
「絶対に邪魔はさせないよ。ズデンカさんと思いっきり戦いたいってずっと思っていたから」
「お前の相手はボクだ!」
大蟻喰が絶叫して、カミーユの横面を殴り倒そうとした。
しかし、カミーユは間一髪でそれをさけ、大蟻喰の腕をすっぱりと切り落とした。
すぐに腕は再生するが、斬られた肉は地面に転がる。
「ズデンカさんと違って、あなたは限りがありそうだね。一枚一枚はがして向いていったら、最後には消えてなくなっちゃう。玉ねぎみたいなものかな?」
「糞がっ!」
さらに打ち掛かろうとする大蟻喰をズデンカは押さえて、後方に飛び退った。
壁にぶち当たった。ズデンカはびっくりしたのだが背中が焼けるような感じがした。
「まあ、待て」
ズデンカは言った。
「ズデ公! 何しやがる」
「お前は消耗する身体だ。だからやつは意図的に挑発して疲れさせようとしている。カミーユは頭がとても回る。気をつけた方が良い」
「わかってるよ! だがズデ公に任せてるのも癪じゃないか」
大蟻喰はまた叫んだ。
「逃げても無駄だよ。その壁にはね。聖なる力が込められてるんだ。ハケス・バラオウは妖精で悪魔じゃないから聖なる力を封じ込めた壁を作れるんだよ。ズデンカさんは聖水が苦手でしょ? それと同じから繰り」
カミーユは冷ややかな笑みを浮かべたままゆっくり近づいてきた。
――クソ。閉じ込められたってことか。




