第百六話 死人に口なし(17)
「先ほど入城したルナ・ペルッツの連れです。門の外へ出してください。少し朝の散歩です」
メアリーは気軽に衛兵に話しかけて外に出ることに成功する。
あれほどルナを嫌っているのに、名前を使って外に出るのかと思うとフランツはあきれた。
門の外を出ると、完全に霧の海のなかに浸かった。
目の前が全く見えない。
「ここまで濃くなるのか」
「オリファントでは割合普通です。こういうときのためにライトを持ってきました」
メアリーはいつの間にかフランツとつないでる片方の手にカンテラを持ち、火をともしていた。
「いつ持ってきた?」
「さっき城から拝借して城門の近くに隠してきました」
「何でも拝借すんな」
フランツはあきれた。
「ええ、いろいろくすねてますよ」
「放火癖のうえに盗癖か、救えないな」
「救えなくてすみませんね」
メアリーは朗らかに笑った。
「本当に幽霊なんて会えるのか?」
「死人に口なしですから」
メアリーはまた繰り返す。
死人に口なし。その言葉ほどフランツに皮肉に辛辣に響くものはないだろう。
死者の思いを背負って戦っているつもりだった。いや、今でもそのつもりだ。
だが、結局死人に口はない。幽霊の話を聞いたこともあったが、あれはルナの力により記憶のなかにある存在をよみがえらせたものだ。
ルナは幽霊とあったこともあるのだろうがあまり詳しく話そうとしなかった。あれだけ人に話を訊きたがるくせに、そういう話になると急に言葉少なになる。
フランツは思い返すと少し腹が立ってきた。
「訊くことは出来なくても見ることは出来るかも知れないでしょう?」
メアリーは優しく言った。
「見るだけで何になる」
「少なくとも人生経験になります」
「なんだそりゃ」
「ここで城の中でじっとしているより、遥かにましなんですよ」
「なんか知らんがお前はやたら俺を外に出したがっているように思える。そんなにルナのそばにいられるのが嫌か」
「嫌ですよ」
メアリーは頬を膨らました。
「俺はルナが好きだ。それは言っただろ」
「でも、それは敵うことがない。一部では有名じゃないですか。ルナ・ペルッツはあなたを愛さない」
メアリーは確かに情報通だ。フランツの知っているから今更訊きたくない事実を既に把握している。
「わかってる。だが俺はルナのそばにいたい」
「そばにいられるわけ、ないじゃないですか。それならズデンカさんが担いますよ」
「あいつは今そばにいない!」
フランツは言葉を荒げた。
「それを理由にしてるんですよね。今ズデンカさんがこの霧の向こうで戦い続けているんですから。戻ってこられるのも嫌だと思ってるんじゃないですか?」
「そんなわけねえだろ!」
フランツはメアリーをにらんだ。
「嫌でしょうね。そりゃそうでしょうね。あなたは少しでもミス・ペルッツのそばにいたい。それなのに私が邪魔してくる。だから、怒っている。残念でしたね」
メアリーの口調はどんどん挑発的になる。
――何をこいつはそんなにまでして。
そんなにまでして、なぜ自分が好きなのか。
フランツは訳がわからなかった。




