第百六話 死人に口なし(16)
「俺は自分のことは自分で出来る。だからお前に頼りたくない。負担になるしな」
フランツは言った。
「いや、頼ってくださいよ。あなたに頼られたぐらい私ちゃんは別に何ともなりません」
メアリーは答える。
ドタドタドタドタドタ。
もの凄い足音でオドラデクが駆けてきた。埃も同時に舞っている。
「お前、勝手に出歩くな!」
フランツは怒鳴った。
「フランツさん、まだ朝ですよ。そんな素っ頓狂な声上げてどうしちゃったんですかぁ?」
オドラデクはのんきな声で答え帰す。
「あの部屋にいなきゃだめだろうが、餓鬼でもあるまいし」
フランツはつい感情が高ぶっていた。メアリーに手をつながれているのだからなおさらだ。
「あーって、バカ女! お前なにフランツさんと手をつないじゃってるんですか! 話しなさい。さっさと早く、さあさあ!」
オドラデクは二人の間に割り込んで強引に手を離そうとしてくる。
しかしメアリーはフランツの手をきつく握って離さない。
「こいつ、てこでも離さないつもりですかぁ。ホントにもうむかつくなあ」
オドラデクは手をノコギリに変容させようとしている。
「おい、俺の手も切れるだろ! やめろ」
フランツが止めようとする間もあらばこそ、メアリーは先へ先へと駆けだしていた。
「あんな方は置いて私たちも要塞の内外を見回りましょう! 何か、面白い事実がわかるかも知れませんよ」
「面白い事実ってなんだ?」
「死人に口なしってやつです」
「どういう意味だ?」
フランツはいきなりハロスが言っていた言葉を告げられてびっくりした。
「大戦期、この要塞は難攻不落でした。連合軍ですら攻めあぐんだと言います。その死屍は城の周りに積み上げられ山のようだったとか」
「それと何か関係あるのか?」
「出る、らしいんですよ、幽霊が」
「また幽霊話か」
フランツはあきれた。以前メアリーには故郷のオリファントでの幽霊屋敷の話を聞いたことがある。かなりふざけた内容だったので未だに記憶に残っている。
「ええ、また幽霊話です。でも、今回は私ちゃんが見たわけではなくて飽くまで言い伝えです」
「死人に口なしなんだろ?」
フランツは言った。
「ええ、ここの幽霊は喋らないそうなんですよ。今回はミス・ペルッツによみがえらせて貰わなくても実際に見れるかも知れない。しかも出現するのが夜じゃなく朝。つまり今の時間帯です」
「走り出したのはオドラデクを撒くためじゃなかったのか」
「それもありますが、こっちの話の方も興味があります」
「俺たちはルナを守らないと」
「ミス・ペルッツのことは一時忘れましょう。さっき確認してきたんですが、今は朝霧も立ちこめておりなかなか絶景になってますよ」
「ちょっとだけだぞ」
フランツは手を引かれるまま場外に出て行った。
確かにメアリーの言ったとおりだ。
目の周りがすっかり見通せないぐらいの霧がもうもうと立ちこめていた。
「城門の外へ出た方が良いです。死者が多かったのはそのあたりなので」
メアリーは走り出した。手をつながれたままなので自然フランツもついていくことになる。




