第百六話 死人に口なし(15)
「とにかくルナが寝ている部屋に戻る。全員起きてるか?」
「キミコさんはお休みです。ジナイーダさんは寝てないようですね。他の面々は元の部屋にいますよ。私ちゃんも全然寝てません」
「お前はまず寝ろよ」
フランツはあきれて言った。
「それは後です。あの吸血鬼の動きを徹底的に封じるまで、うかうか寝てられませんよ」
メアリーはまだフランツの手を握っていた。
「いい加減話せよ」
「嫌です」
「あいつは確かに危険だ。ヴォルフ少将にでも言って鉄枷でもはめてもらうのがいいだろう。残っている聖水を振りかけておけば容易に脱出できないだろう。お前はちゃんと休め」
「それは、私ちゃんを心配して言ってくださっているんですか?」
ありがたみなど少しも感じられない返しだ。
「いや、本気で心配しているが」
「それなら、ありがとうございます」
メアリーはとりあえず礼をした。
だがフランツはあまり良い気分ではなかった。
メアリーはとにかく自分と一緒にいたいらしい。
目もすっかり覚めてきたので、冷静に考えることは出来るようになってきた。
「ズデンカに命令させる方が本来早いんだがな。あのハロスとか言うやつもズデンカ相手なら話を聞くだろう。ファキイルを前に置くのもいい」
結局、ファキイル頼みだが、聖水を使わないとフランツもメアリーもハロスを封じることが出来ないのは事実だ。
「ズデンカさんに貸しを作るんですか? それはそれで厄介ですよ?」
メアリーはにらむようにフランツを見つめた。
「とりあえずルナの部屋に行くぞ」
フランツは無視して歩みを進める。
しかし手はいまだに話されないのだった。
「待ってたよ。虎から人間に戻ったところだ」
バルトロメウスが机に座って本を読んでいた。ファキイルも部屋のまんなかに静かに立っている。
「何も起こらなかったか」
「ああ、ズデンカはいまだに帰っていない。戦闘が長引いているのか」
バルトロメウスはページをめくった。
「オドラデクはどうした」
そう言えばいない。行動が読めないので危険な存在だ。
「随分前に出て行きましたよ。要塞の仲が見てみたいとか言って」
メアリーが答えた。
「お前が止めろよ」
「止めたって聞く方じゃないですよ。それより思う存分歩き回らせて、戻ってくるのを待つ方がいいです。少なくともズデンカさんよりは私は信じられますので」
メアリーはルナ一行に敵対的な様子を隠さない。
フランツはなぜだか不安になった。メアリーがルナやズデンカを好きになったところで特にプラスはないが、嫌いな場合いざというときにマイナスに働くかも知れない。
カミーユに襲われたときにルナを犠牲にしてもメアリーは自分を守るだろう。
そこまでされて嬉しいかといえば嬉しいが、フランツはルナをなんとしても守ってもらいたかった。
「ともかく、オドラデクを探すぞ」
フランツは部屋の外へ出た。
「メアリーいい加減に手を離せ。恥ずかしい」
「嫌です」
メアリーは繰り返した。
「なぜだ」
「フランツさんが弱いからです。私も弱いですがフランツさんよりは強い。だから守ってあげます」
フランツは耳が熱くなるのを覚えた。
そんな恥ずかしいセリフがメアリーの口から出てくるのも驚きだ。




