第百六話 死人に口なし(12)
ルナの横たわるベッドのそばに近づく。
安らかに寝息を立てていた。
――俺にズデンカの代わりが出来るのか。
ズデンカはルナの最大の楯だ。場合によっては大蟻喰が補佐するだろう。
しかし、両者とも今はルナの側を離れている。
戦わなければならない相手がいるからだ。
ならばフランツが守らなければならないではないか。
ルナは命を多くに狙われている。カミーユがルナの命を狙っているかはわからないとしても、そのほかの多くの者はルナを殺そうとしているに違いない。
「シュルツさん」
メアリーがすぐ横に立ってきた。
「なんだよ」
「どうして移動したのかと思って」
「ルナを守らないといけないと思ってな」
「シュルツさんにミス・ペルッツを守る義理はありませんよ。それよりも、ミスター・スモレットを助ける方法を考えては?」
ニコラス・スモレットはフランツの猟人仲間だミュノーナで選挙候補になったジムプリチウス暗殺未遂の罪で逮捕され起訴を待つ身となっている。
「ミュノーナではニコラスを置いていけといったのはお前だろうが!」
フランツは声を荒げた。どうすればいいのか全くわからない。
「でも、他に方法はあるはずです。あなたの友人でしょう? 彼は」
「そうだ。なんとしても助けたい」
「じゃああなたから動くべきです」
「どうやって」
「この要塞を離れるのです」
メアリーの発言でルナを守ろうと決意したのだが、逆にメアリーは離れることを急かしてくる。
――なぜなのだ。
フランツは理由がわからなかった。
だが、合理的な理由を見つけようとするからわからないだけなのだと気づいた。
つまるところ、メアリーは妬いているのだ。ルナの側にいるフランツを許せないに違いない。
今まで明らかになってきた事実――メアリーがフランツを好きだという事実から鑑みて、これは確かなことのように思われた。
「俺は、ここにいる。そう決意した」
「決意されるのは結構ですがいったん離れませんか」
メアリーはフランツの手をつかみ、自分の方に引き寄せた。
「今ルナは無防備だ」
「こんな鉄壁の要塞で……大丈夫でしょう」
「今見ただろ、ハロスが入り込んできた」
「入り込んできて悪かったな」
ハロスが応じた。
「お前ら……もといズデンカがその人間にかなりこだわりを見せて守ろうとしているのは納得した。でも頭で理解しただけでどうにも心情的にはわからない。そこまで守りたくなるような個体だとは思わないんだよな」
「同感です。私ちゃんも付き合わされているだけです」
メアリーが同調した。
「おい、お前冷たいことを言うな」
フランツは焦った。
「冷たい? だってそうでしょう? 私ちゃんとミス・ペルッツはその程度の繋がりしかない関係です。あなたがこだわりを示しているから仕方なく関わっているだけに過ぎません。わかりませんか?」
メアリーはフランツを見つめる。その人身にはまた青白い炎が踊っていた。
「だが、ここまで一緒に旅をしてきただろ。オドラデクもそう思わないか? なあ、ルナを守りたいとは思わなくても仲間だとは感じないか?」
フランツはさらに焦った。
意味不明なことを口走っている気がしてくる。




