第百六話 死人に口なし(10)
「だが、ルナはもとより自由な性格の人間です。このような要塞でずっと我慢していられるか定かではなく……」
フランツは思わず敬語で話してしまった。あまり使わないのだが、さすがに中将クラスの有名な軍人には使わざるを得ない。
「出て行かれるならそれは構いませんよ。小生はペルッツさまを支援するまでです」
ヴォルフはあっさりと答えた。
随分太っ腹だなとフランツは思った。
「ミス・ペルッツにはお付きのメイドのズデンカさんがいますよ。今はちょっと要塞の外で用事みたいですが」
メアリーが解説した。肝心なところはぼかしてある。
「そうですか。ご用事がお済みならぜひ入場していただきたいですね」
ヴォルフは答える。
「今、城門を新たに開くのは避けた方が良いです」
フランツは焦って言った。
「どうしてでしょうか?」
こうなれば仕方ない。事情を細かく説明せざるを得ないだろう。
フランツはできる限り隠しながら説明した。ルナの命を狙っているやつがいること。シュトローブルの近くまで迫っていること。的はいくらか異形の軍隊を使役できると言うこと。
「すぐ手配します。そういう危険な連中がうごめいていることは聞き知っておりましたが、まさかここまで攻め寄せてきているとは」
ヴォルフは静かに言った。
「しかし、普通の軍隊ではとても太刀打ち出来ない相手なんです」
フランツは懇切丁寧に説明した。
『人獣細工』はズデンカからも話を聞いていたので、詳しく説明できた。
切断してもすぐに分裂して数を増やし、ある程度の素早さも持っている軍隊で、全身を燃やさなければ倒せない。
他にカミーユが使役する妖精は見れる人と見れない人が違うので説明するのはやめておいた。だが要塞のなかに侵入されては困るが、フランツはどうやら見ることが出来るので、個別で対処するしかないと考え黙っておくことにした。
「ジムプリチウスが背後にいます。やつはこの国を始めトルタニア各地の民を先導している」
フランツは言った。これは話すかどうか迷うところではあったがジムプリチウスについては情報を共有しておかなければ鳴らないと思ったのだ。
だが、ヴォルフは知っているようで頷いていた。
「ジムプリチウスは徒党を組まず、ごく少数の側近のみで動いていることは把握しています。本当に申し訳ない限りです。やつを先の大戦のおりに屠っておけば、若い世代のあなた方にご迷惑を掛けることもなかったのです」
ヴォルフの瞳がぎらりと光った。
さすが往年の名将だ。これまでの腰の低い様子とは裏腹の暴力性をいまだに秘めていることがすぐに感じ取れた。
「側近とはティル・オイレンシュピーゲルですね」
メアリーが言った。全身に鎧をまとったジムプリチウスの側近。かつてゴルダヴァで対峙しているが、気迫だけでフランツはとても太刀打ちできないとわかった相手だ。
「ええ。その名前は大戦期には聞いたこともありませんでした。戦後になって新しく徒党に加わったものと思われます」
ヴォルフはまた穏やかな様子に戻って答えた。




