第百六話 死人に口なし(7)
「だが、別れるとしてもルナに挨拶して別れないと決まりが悪い。寝ているときに出て行ったらそれこそズデンカに殺される」
「殺されてもいいじゃないですか。殺されたくないなら戦うべきです。あなたは吸血鬼とも戦わなければならない」
メアリーは笑いながら言った。
「吸血鬼と戦ってどうする? 吸血鬼にされてその力で戦うのか」
「それもありですね。長丁場で戦えるようになるのですから。ところでジナイーダさん、あの方吸血鬼ですよね」
「なんだと?」
フランツは驚いた。
「え、気づいてませんでした? 明らかに人間とは違う雰囲気がありますよ?」
「そ、そうなのか……」
フランツは驚いていた。
「ズデンカさんと同じヴルダラクでしょうね」
「なんでわかるんだ? お前も吸血鬼なのか?」
「もちろん違います。知識と雰囲気ですね」
「そんなんでわかるものなのか」
「あ、確かになんか人間とは違うんだなあとは思ってましたよ」
オドラデクが答える。
「あれはヴルダラクだ」
ファキイルまでが答えた。
「気づいてないの俺だけかよ……」
「俺も気づいてなかったぞ」
バルトロメウスがひっそりと答えた。
「注意深くない人は気づかないでしょうね。別にこちらに危害はないわけで、気づかないところで問題はありませんが」
メアリーは落ち着いて言った。
「ズデンカなみに強いのか?」
「ジナイーダさんはズデンカと比べて強くはないと思われます。気迫のようなものはありませんからね」
「じゃあ戦力にはならないか」
フランツは肩の力を落とした。ズデンカみたいなやつが二人もいれば百人力だと一瞬考えてしまっていたからだ。
結局それは弱い自分を認めることになるのだから、考えてしまえばかなりの恥だ。
「十年二十年もすれば――吸血鬼としてはかなり短いですが――使い物になるんじゃないでしょうか? おそらくとても若い、成り立ての吸血鬼でしょうから」
「と、いうことはキミコとは同い年なのか? 吸血鬼の実年齢はわからん。百年は生きてそうなズデンカも若く見えるからな」
フランツは訊いた。
「おそらく。そんなに違いはないと思いますよ」
「そうか。吸血鬼でも生まれたては弱いんだな」
「ええ。吸血鬼は意外に生き残る者が少ないですからね。多くは狩られてしまい、同世代でも残るのは少数」
「そんなものなのか」
「だからズデンカさんはよっぽど強いんでしょうね。あそこまで生きてこられているのだから」
「ああ、そうだな。やつには勝てない。勝てる気がしない」
フランツは苦々しく言った。
「死人に口なしというやつさ」
フランツはびっくりして立ち上がった。聞こえ覚えはあるが、ちょっと前に訊いた声が話しかけてきたからだ。
ハロスだ。吸血鬼のハロスがいきなり部屋の中に現れたのだ。
先日ミュノーナの仮の屋で別れて以来だった。
「ど、どうやってこの部屋に入った?」
「蝙蝠に化けてさ。鉄壁の要塞とやらも案外緩いんだあ」
ハロスはフランツの頭を押さえつけてごしごしとした。
「な、何をする」
フランツは焦った。しかし抵抗できない。それほど歴然とした力の違いを感じる。




