第百六話 死人に口なし(5)
パスロ以外の妖精は迫ってきていないようだ。
フランツは後方の確認を怠らなかった。
まだズデンカやカミーユらの戦いは続いているが、フランツはあえて考えないようにしながらシュトローブルの中心部へ向かって進んだ。
そうこうするうちに要塞の門へとたどり着いていた。
「ルナ・ペルッツ一行だ! あけてくれ」
固く閉じられた鉄扉を前にフランツは叫ぶ。
「何者だ?」
オルランド兵が複数人出てきた。
「アデーレ・シュニッツラーは知っているだろ、紹介されてここに来た」
「話は聞いている。だがシュニッツラー殿から紹介状を貰っているはずだ」
衛兵長らしき者が答えた。
――紹介状だと?
フランツは焦った。持ってきていなかったからだ。
――おそらくズデンカの奴が持ってるのか?
「あ、わたしが持ってます」
ルナが懐からくちゃくちゃになった紙を出した。
いつからか知らないがズデンカから受け取っていたのだろう。
「わかった。入れ」
鉄扉が重い音を立てて開かれる。
まだズデンカと大蟻喰は戻ってきていなかった。
「ふう、なんとか入れた」
重く音を立てて閉められる扉を前にしながら、フランツは言った。
「ズデンカさんと大蟻喰さんならまあ大丈夫でしょう。門だって昇ってくるかも」
メアリーが言った。
確かに二人なら死ぬ心配は先ずないだろう。
「でも……」
ルナは心配そうに城門の外を眺めていた。ズデンカのことが気になるのだろう。
「今は自分の身のことを考えろ。お前は一番狙われているんだ」
フランツは急かした。
オルランド兵に案内されて要塞のなかに入る。外から見たよりも頑丈な印象を受ける。
鉄骨の天井を持ち、銃眼のあちこちにはたくさんの兵隊が配されていた。
「戦争でも起こるのかと言うぐらいの物々しさだな」
フランツは思わず呟いた。
「数千の兵は常に配備されている。実際戦争がいつ起こってもおかしくない。南部のランドルフィは枢機卿が殺害されてから政情不安定だ。ラミュの中立もいつ破られるかわからん」
衛兵長が言った。
メアリーはすました顔をしているがフランツは気が気でなかった。ランドルフィで留守ティカーナ枢機卿を殺害したのはメアリーその人なのだ。
「でも当分は大丈夫でしょう。オルランド公は随分と用心深いんですね」
「いや、国務大臣の指示だ。死んだので正確には前国務大臣だがな」
衛兵長は腹を立てることなく答えた。
前国務大臣は在職中に病没している。だから今選挙が行われているのだ。
「じゃあ、方針が変われば退去することもこともあると?」
メアリーは訊いた。
「そうだな。俺は飽くまで衛兵の頭だから詳しくは知らんが、上の命令は絶対だ」
「なるほど」
会話は途切れ、一行は進んだ。
階段を使って三階へと上がる。
やはり寒々とした鋼鉄の部屋がいくつも用意されていた。
他の軍人が近づいてきて、衛兵長と交代し一行に話しかけてきた。
「ルナ・ペルッツさまのご一行ですね。こちらの部屋ならば安全です。守らねばならない要人のために用意されたものですから」
とその部屋の一つを指さして言う。
「なら、早速入らせてもらおう」
フランツは先に進んだ。




