第百六話 死人に口なし(4)
本来ならすぐにでもカミーユを連れて帰りたいに違いない。
だが、メアリーは冷静に判断している。実力その他から見て敵いはしないのだということを。
カミーユは『殺人の天才』だ。しかも何か得体の知れない方法で戦闘力を向上させている。
メアリーがどれだけ強くても、カミーユを負かして連れ帰るなんてことは出来そうにないのだ。
「そうだな。カミーユの妖精が、襲ってくるかも知れないが幸い俺は見ることが出来る。ファキイルも援護頼めないか?」
フランツはまたも頼ることになって申し訳ないと思いながら頼んだ。
「もちろんだ」
オドラデクの方も人間の身体に戻っていた。
足場のバスが消失したにもかかわらず、ズデンカ、大蟻喰、カミーユはそのまま地面に降りて、いまだにもの凄いスピードでぶつかり合っていた。
「やれやれ、酷い目に遭いましたよ」
「お前はそういう能力を持ってるんだから重宝されるのは当然だろ」
フランツは言った。毎度思うことだが、ファキイルにはかたじけなさを感じてもオドラデクにはあまり感じないのはどうしてだろう。
「当然じゃないですよ。ぼくがいなくなって初めてありがたさが実感されると思いますよ、ぷんぷん」
オドラデクは怒り始めた。
「ルナを要塞に連れて行くぞ」
ルナは何も言わず尾いてきた。少し寂しそうにズデンカのいる方を見つめていたが。
「お前の命が何よりも大事だ。それはズデンカもわかっているはずだ。事前に打ち合わせこそしてなかったが、お前を要塞に連れて行くのは何よりも急務だ」
フランツは説き聞かせるように言った。
「わかってるよ。要塞へ急ごう。わたしも大人だ。ここにずっといたいなんてごねないさ」
だが、ルナは不安そうだ。
フランツはその肩を軽く叩いてやった。
「カミーユ以外に敵の手勢は少なそうだ。あいつが妖精とか『人獣細工』だかを放ってきても、ファキイルがいればまず大丈夫だろう」
「うん」
「そうこう言ってるうちに追ってきましたよ」
向こうからもの凄い速度でトカゲの化け物が迫ってきた。
カミーユがパスロと呼んでいた妖精だろう。
フランツはもの凄い速度で剣を切り払い、その背中へ斬りつけた。
「お前らは先にいけ!」
後尾を見て叫ぶ。
パスロの背中は素早くふさがった。
――こいつ、斬ってもダメージを与えられないのか?
フランツは後退した。
パスロは雄叫びを上げ、フランツにかぶりついてくる。
動きは思いのほか速いが、今までズデンカたちの高速戦闘を見ていれば、たいしたことがないと思えてしまう。
「殺せないなら逃げた方がいいですよ」
メアリーの声が聞こえる。
確かにそうだ。
攻撃が少しも当たらず、こちらが傷を受ける一方なら戦わないに超した方がない。
幸いパスロの動きは走ればなんとかなる程度だ。
フランツは一目散に駆けだした。
逃げるようで嫌だったが、カミーユの妖精たちに対抗する方法がいまだない以上、こうするしかない。
『人獣細工』は追ってこなかった。
――あれだけの化け物を従えていたらオルランド軍に気づかれるからな。すぐには動かせないだろう。




