第百六話 死人に口なし(3)
バスの天井が腹のように裂かれた。
その間からカミーユが顔を出す。
「こんにちは」
大蟻喰がその顔めがけて飛びかかろうとした。
途端にカミーユは避ける。
「しゃ、車体がもう持ちませんよ」
オドラデクは戸惑いながら叫んだ。
「タイヤを破ってあげましょうか」
「させねえ」
大蟻喰に後れを取ったズデンカも、天井へ飛び上がった。
フランツはさすがに天井にすぐに飛び移れるほどの跳躍力を持たない。
このぶんではカミーユと戦うことは出来ない。
「おいオドラデク! 車を止めろ!」
フランツは叫んだ。
「わかりましたよお! ってかそれ一択でしょうが!」
バスは急停車する。
フランツは急いでドアから外に出た。
ものすごい勢いで、バスの上で三つの影が入り交じっている。高速度でぶつかり合っているのだ。
人の肉眼ではとても追うことは難しかった。
フランツは参戦したかったがどうにも腰砕けになる。
「やめといた方が良いですよ。あのなかに飛び込めばシュルツさんは即死するでしょう」
メアリーは皮肉っぽく言った。
「じゃあどうすればいい?」
フランツはいらいらしながら訊いた。
「黙って観察していりゃいいでしょう。私ちゃんも手は出しませんよ」
とは言え、メアリーはカミーユのことになると、冷静さを失う。
実際、そのバスの屋上を見つめる視線はどこか不安そうだった。
「カミーユ、ルナをどこまでも追うなら、あたしが殺してやる!」
そうこうしているうちにズデンカの声が響いてきた。
「どうぞご勝手に。殺せるものなら殺してみてください。あれ? これ前も言いましたよね」
「今止めようが、お前は絶対に殺してやる!」
続いて大蟻喰の声が響いた。
逆に言えば声しか響かないのだ。
フランツは不安になってきた。
カミーユは前見たときより身体能力が増しているように思われた。
カミーユは人間だ。人間ではないズデンカや人間離れした大蟻喰についてこれるほどの強さは持ち合わせていないはずだった。
しかし、いまはもの凄い速度でバスの上を動き回っている。
「メアリー、お前はあいつに勝てるのか? カミーユに」
「勝てませんよ。私とは才能が違いすぎる」
「才能だけであそこまで強くなるか? 何か特殊な力でも……」
しかしメアリーは答えなかった。
段々深刻な表情になってバスの上を眺めている。
「フランツ。どうする?」
犬狼神ファキイルが訊いてきた。
もしかしたらファキイルならカミーユの動きを封じられるかも知れない。
だがズデンカも大蟻喰の姿も捉えることが出来ない現在、的確に指示は出せないし、もしファキイルの攻撃でカミーユが死んでしまったらメアリーに与える影響は少なくない。
フランツはもうメアリーを仲間だと思っていた。その悲しむことはしたくない気持ちが増してきている。
だからファキイルに介入させる訳にもいかなかった。
「待っていてくれ。何か打開策を考える」
「わかった」
とは言え打開策は思い浮かばない。
カミーユもズデンカも大蟻喰もまるで疲れを知らず戦い続けているのだから、これは長引きそうに思われた。
「今の隙にミス・ペルッツをつれてオルランド軍に合流するってのはどうでしょう」
メアリーが言った。もちろん表情はかなり暗くなっている。
これは苦肉の策なのだ。




