第百六話 死人に口なし(1)
――オルランド公国南端シュロトローブル
オドラデクが変じたバスは一路国道を走りながらシュトローブルに入った。
スワスティカ猟人フランツ・シュルツは車窓をにらみ据えて渋い顔をしていた。
「やれやれ、これでもうただ働きはおしまいですね」
オドラデクは面倒くさそうに叫ぶ声が聞こえた。
「お前にはだいぶ金をやったが」
綺譚蒐集者ルナ・ペルッツのメイド兼従者兼馭者の吸血鬼ズデンカが口答えをした。
一行は陸軍軍医総監アデーレ・シュニッツラーから紹介状を受け取り、シュトローブルの要塞でルナを守ってもらおうとしているのだ。
「とても足りないですよ。襲撃にも遭いましたしね。命がいくらあっても足りやしない」
「お前は死なねえだろ」
「でも苦労はします。しまくりですよ」
「まあまたなんかおごってやる。ツケってことでいいだろ」
「シュトローブルでなんかおごってくださいよ」
オドラデクは多少柔らかな声になって答えた。
「あたしは食わないからな。作るばっかだから、いい店など知らない。ルナと一緒に言ったわけでもなかったしな」
「シュトローブルはグルメ関係ではあんまり聞かないなあ」
ルナがぼんやりしながら言った。
「そりゃ当たり前だろ。辺境の街だ」
ズデンカが答える。
「あ、ズデンカさん店は知らないって言ったばかりじゃないですか! なんでルナさんに対しては当たり前だって知ってるように語るんですかぁ?」
「言葉の綾だ。深い意味はない」
「おいおい、それぐらいで止めておけ」
聞くだけでいらいらしてくる言い合いをフランツは仲裁しようとした。
「フランツさん、ぼくに味方してくれないんですか?」
オドラデクが涙声になって訊く。所詮は演技だろうが。
「どの店で食おうが構わないだろうが。とはいえルナを要塞に送り届けてからだ」
「まあ、そうだよな」
ズデンカも同意した。とにかくルナを守りたいと言うところがここ吸血鬼とは考えがぴったり一緒だ。
「要塞つまらないだろうなあ。何もやることないからなあ……」
ルナはしょんぼり下を向いた。
「ルナさま、私がまたいくつかお話をできるかもしれません!」
ルナに仕えるメイドのキミコが憤然としていった。
「え、そうなの? 島尾に伝わる昔話は聞きたいなあ」
「だいぶ忘れてしまっていますが! まだルナさまにお話ししていない者がいくつか残っているはずです!」
「じゃあ、要塞での楽しみに置いておくよ。時間はたっぷりあるしね」
ルナは答えた。
島尾についてはフランツも気になるところだった。
大戦中はスワスティカの盟友だった国だが、フランツはあいにく詳しくは知らない。
大使館がミュノーナにあったことを覚えているぐらいだ。
キミコはかなりの潔癖症で現在も手袋をしている性格だ。
フランツは警戒されているようであまり話を聞き出すことは出来ていない。
――手に持っている魔法のランプの魔神も……。
キミコが持っている魔法のランプにはジンが封印されている。この前、その姿を見たことがあるがいろいろ理由を付けて願いを叶えなかった。




