第百五話 師であり友である人は世に知られないまま残った(11)
「ハウザーは『シャンパヴェールのトランプ』を作った張本人だったんですね。あなたは前スワスティカが作ったとは語りましたがハウザーとは言わなかった」
カミーユは鋭く訊いた。
『やつのことなんか興味ねえよ。いろいろ実験で作ってたのは知ってる。だが俺はそんなものに頼らずとも問題ない』
これはあからさまな嘘だ。おそらくジムプリチウスはハウザーのやっていたことを事細かに知っているはずだ。
だからこそ『鐘楼の悪魔』を『告げ口心臓』へと変貌させることが出来たのだ。
『シャンパヴェールのトランプ』についても何か詳しく知っているのだろうが、教えてはくれないだろう。
どうもそこに何かまだ秘密があるようだ。
「あそこまですてきなものを世の中に広められたのですから、もう少し頭を使ったら良かったんじゃないかと私は思いますけどね」
カミーユは言った。
『すてきだと? ふざけてるのか』
「でもあなたの『告げ口心臓』は彼の路線を継承してますよね?」
あえて挑発するようにカミーユは言った。
『そんなことはない。あれは俺のアイデアだ。それに『告げ口心臓』があろうがなかろうが、俺はこの口舌だけで勝利できるし、人心を掌握できる』
ジムプリチウスの声が憤然と響いた。
『誰だこのアマ。ジムプリチウスさんにわけわからんいちゃもんつけてんじゃねえよ』
『ジムプリチウスさんが議論で強いのは訊いていればよくわかるよ』
『心臓』からさまざまな声が混線してくる。
過去何度かカミーユの名前を聞いた者も居るはずだが、新規も多く入っているようだ。
「それはそうでしょうともジムプリチウスさんはとても優れた方です。でも、私はハウザーのアイデアもなかなかじゃだったんじゃないかなって思ったりするんです」
カミーユは言った。
ジムプリチウスの前でハウザーを褒めることは本来ならあまりやってはいけない。しかも今は『告げ口心臓』でやっているわけで他の人間にも聞こえている。
襲ってくるかも知れない。
だがむしろカミーユには好都合だった。狙ってくるやつを殺して魂を漁ることが出来る。
強がりではなく、今カミーユは出来るだけ魂を吸収する必要があるのだった。
『俺はハウザーのことに興味ない。だからお前が何をやっても関知しない。もちろん俺に逆らわない限りはな』
周りの反応も気にしているのか、ジムプリチウスは寛大に答えた。
「ええ。なら勝手にやらせてもらいます」
カミーユは答えた。
返事はなかった。
ヴェサリウスはゆっくりと静かに飛んでいく。
目指すシュトローブルは近隣の街なので急ぐ必要はないのだ。
カミーユは考えていた。
自分もまたハウザーと同じようにルナを囲い、独り占めしようと考えている。しかしそれは、何かを作り出したいわけではない。
作り出したとすればどうなるのだろうか?
自分はルナを使ってどんなことがしたいのか?
いくら問い直してもカミーユには答えが見いだせなかった。
「なら、ルナさんを捕まえてから考えれば良いじゃん」
カミーユは思いつきを言葉に出した。
その言葉だけは確かなもののように思われ始めていた。




