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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第百五話 師であり友である人は世に知られないまま残った(7)

 そんなやつに死を与えることは、牙魚ピラニアに肉を放り投げるようなものだ。


 食い尽くされて終わりだ。


「つまらない」


 カミーユは呟いた。ハウザーについてちょっとは面白いこともわかったが、一番聞きたいスワスティカ時代のことは何もわからない。


「つまらなくて悪かったな。こんな老人の無駄話を訊きたいと言ったのは嬢ちゃんだろ?」


「そうですね、じゃあさようなら」


 カミーユは外へと歩き出した。


 話をする気力すらなくなった。本当に愚かな老人だ。


 だが外へ出たところで一人の貧しそうな中年の女性が中に入ろうとしているのがわかった。


「どなたですか?」


 カミーユは訊いた。


 続いて家の中に戻る。


「私はジークムント先生の教え子です」


「へえ、そうなんですか。あのつまらない男の」


 カミーユは冷たく言った。


「先生はつまらなくなんかありません! とても偉大な人です。引退されるまでずっと学校で教鞭を執られてきました」


「そうなんですね。本当に人間って不思議です。人によって評価ががらりと変わってしまうこともあるんですから」


 カミーユは笑みを含めて言った。


「アマーリエ」


 ジークムントは一言呼んだ。


「先生!」


 アマーリエは駆け寄った。


「まあこの老人の昔話を訊いてくれるだけでもありがたい。お前も忙しいからな」


 ジークムントは少し態度を変えて言った。


 カミーユはその僅かな変化を感じ取った。しかし、浅ましいと僅かに思ったりはしたが取り立てて何をしようという訳でもなかった。


「出来るだけ時間を作ってこようとは思っているのですが……申し訳ない」


「死に損ないの老人だ。お前の世話になるのはいつも情けないと思っている」


 ジークムントは声を震わせた。


 カミーユの頭の中に一瞬笑おうかという考えが生まれたが、やがてそれは消えた。


「いえいえ、先生に受けた教えは一生忘れられません。こうやって恩返しをさせていただいているんです」


 アマーリエは老人の方を肩を揉んだ。


 結局、長居をしてしまいそうだ。


 カミーユはあたりを見回し書類をあさり始めた。ハウザーの手紙が見つからないかと思ったからだ。


 だがすべてカミーユには関係ないつまらないものばかりだった。ジークムントの勤めた学校に興味がある者なら是非譲り受けたいと思うだろう。


 しかし、カミーユにはゴミに等しく思えてしまう。


 いっそのこと家に放火することも考えたが、それではジークムントに死を与えることになる。


 それは、何とも癪だ。


「この方は誰なんです? いきなり失礼な」


 アマーリエはカミーユを指さしていった。


「旅の者だそうだ。いろいろ刺激的なことを話してくれる」


 老人はカミーユが人殺しと言うことは伏せて言った。


「旅のお方でも礼儀のなっていない人は困りますね。先生ほどの方にむかって『つまらない』男とは!」


 アマーリエは不満のようだった。


「いや楽しかったよ。いろいろ話は盛り上がった。あのカスパー・ハウザーについて興味があるらしい。今時珍しい方だ」


「カスパー・ハウザー!」


 アマーリエは即座に顔面を蒼白にさせた。

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