第百五話 師であり友である人は世に知られないまま残った(5)
「教えてください。どこにあるんですか? もしや部屋の中に?」
「もうずいぶん前だからな。記憶にはないが燃やしたのかもしれん」
ジークムントは面倒くさげに答えた。
「なんだつまらない」
「仕方ない。あんなやつの手紙持っているだけで犯罪者扱いされるからな」
「でも、お金にはなるかも知れませんよ。いずれは歴史になります。数百万ぐらいは稼げるかも知れない」
カミーユは何とかして探し出させたかった。
「そこまで生きられねえよ。俺は独身で子供はない。子孫も続かない。だから、金をもらっても何の使いようもない。今もちょっとした散歩が関の山ぐらいだ」
「そうですか。残念。で、ハウザーさんの友達――いえ友達ではないんでしたね――知り合いたちはまだこの町に居るんですか?」
「ほとんど移っていったよ。あんなやつと幼い頃一緒ってだけで周りからひどい目に合うしもとよりここには何もない。本当に何もない街だ。俺なんか今のように年金暮らしになる前に、生徒がいなくなって教師をやめざるをえなくなった。この町自体、あと十年ももたないんじゃないかと思ってる」
ジークムントは吐き捨てるように言った。
「そうでしょうね。まあ、最悪シュトローブルにでも併合されて残ればいいんじゃないですか」
カミーユは少し黒いユーモアをにじませながら言った。
「俺は未来のことは興味ねえよ。本当にいつ死ぬか知れやしない」
ジークムントはため息をついた。
「ハウザーさんともう一度会いたいと思いませんか?」
カミーユは訊いた。
「会いたくもないな。あんな奴と会って話すことなど何もない」
「ルナ・ペルッツさんなら会わせることも出来たかもしれませんね」
「なぜだ」
ジークムントは無表情で訊いた。
「ルナさんは人の頭の残っているイメージを現実化できるっていう夢のような力を持っているんですよ。だからあなたの会ったハウザーさんともう一度話せたかもしれない。あいにく私にそんな力はありませんが」
「それは大した能力だな。だがハウザーなんかより会いたい人間はたくさんいる。そっちの方に回した方がいい」
ジークムントは吐き捨てるように言った。
「そうですか。残念。まあルナさんという人には一度会っておくべきですよ。それほど価値のあるかたです」
カミーユは言った。
「それほどまでか。ならちょっと興味がわいてくるな。だがとても遠出は出来そうにない。ここに骨を埋めるつもりだ」
ジークムントはぼんやりと空を見つめた。
「あなたはハウザーさんの師であり友であるらしい。でもずいぶんとハウザーさんとは違いますね。ハウザーさんはシエラフィータ族を虐殺するために、世界を支配しようとすら考える人だった。それに比べてあなたはこんな場所で」
カミーユは面倒くさくなり本音を漏らした。激怒してくるようなら殺したらいい。
「何というか正直に言って……へぼい」
「だろうな。俺はへぼい。これまでの人生で何も成し遂げなかった。教え子もあんな奴を生んでしまってすべてがパーだ」
ハウザーと友達と言いながら、悪口を言い募っている。
カミーユはそこにジークムントの複雑な心理を見た。




