第百五話 師であり友である人は世に知られないまま残った(3)
「まあまあ、少しお話ししましょう。どうやればあんな期待の人殺しが出来るのか、私は楽しくてならないんです」
久々に人間と会話して心から楽しいと思えた。
これまでつまらない話しか出来なかったからだ。カミーユを楽しませてくれるのはルナ・ペルッツぐらいしかいないのだ。
「じゃあ家の中にでも案内してやるよ」
老人が答えた。
殺すにはうってつけだ。カミーユはついて行った。家族がいればそれも始末すれば良い。
坂の上に傾いた破風の家はあった。
木の扉も半ば砕けているのに修理がされていない。
カミーユは開けた時点で板の切れ端が風に吹き飛んでいった。
「あ、ごめんなさい」
カミーユはとりあえず謝る。
「俺は独り身だ。何にももてなすものはない。茶も出せない」
老人は短く行った。椅子に腰を下ろす。
なるほど、これはすぐに始末できそうだ。
「そういえばあなたのお名前は? 私はカミーユ・ボレルと言います」
「ジークムントだ」
答えは短く返ってきた。
そう言えばヴィトカツイのコジンスキ家の一族に似た名前の人物がいたことをカミーユは思い出した。
まあ良くある名前だ。
「そうですか。改めて宜しくです」
カミーユは向かい合って座った。
「何も話すようなことはないぞ」
ジークムントは改めて釘を刺した。
「でも幼い頃のハウザーさんがどんな人だったかわかりませんか?」
「病弱な子だったな。友達もいなかった。よそ者だから忌まれたのだろう。誰も話し相手がいないから俺がなってやっていた」
「へえ。病弱だったんですね。あの『銀髪の幻獣』と言われた男がずいぶんと印象が違う」
「人は見かけじゃわからないものさ。あいつは子供の頃から以上だった。動物を殺していたしな」
ジークムントは答えた。
「それは面白い。私もその口です。ハウザーさんがご存命だったら、楽しくお話も出来たでしょうけれどね。でも私はハウザーさんを殺した方のほうに興味があるんで」
カミーユは足を組んだ。
「誰が殺したんだ」
ジークムントは興味を引かれたようだった。
「ルナ・ペルッツさんですよ。ご存じでしょう?」
「ああ、知ってる。ハウザーの収容所にいたと言う――」
「ええ。それと同時にビビッシェ・べーハイムでもあった」
カミーユは暴露した。
「本当か? あの殺戮の天使と……」
ジークムントは絶句した。
「スワスティカの内情にお詳しいですね」
カミーユは答えた。
「ああ、戦争中も繋がりはあったからな。おかげで懲役を五年も食らって……心臓も病んじまって」
ジークムントは顔をゆがめた。
「あなたのお名前は存じ上げませんけどね」
カミーユは冷たく言った。
「ああ、無数にいたなかの一人だ。まさか世に出る前のハウザーと交流があったなんざ自慢も何も出来ないからな。首をくくられちまうかも知れない。押し隠してずっと生きてきたさ」
「それはご災難でしたね」
カミーユは微笑んだ。
「ずっと誰にも話さないまま墓の中まで持っていくつもりだった。だがお嬢ちゃんみたいな人殺しの目をしたやつに最後に話せたのは良かった」
「まだ全部聞いていませんよ。あなたとハウザーさんのお話を。もし最後まで聞かせてくれたら三つのお願いを叶えて差し上げましょう」
カミーユはシャンパヴェールのトランプを取り出して繰り始めた。




