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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第百四話 死とコンパス(10)

「犯人判明。よかったじゃないか。え、よかったよね? ルナはよくなかったのかな? 顔色が悪いけどさ」


 大蟻喰はルナの肩を叩いた。


 だが、何百年前の事件など、どうでもいいのだ。


 会話の流れ上、マクシミリアンが国土地理院のコンパスとは違うものを用いて殺害

の範囲を定めた理由は聞き出せなかった。


 だがズデンカはそれすらある程度推測できた。


 マクシミリアンは自分の手を汚したくなかったのだ。だから誰か他の人間に持ってこさせたコンパス――ひょっとしたら死んだボリスのものかも知れない――を使って円を描いたのだ。


「ああ、大丈夫だよ」


 ルナは短く言った。そして力なく後部座席へ座った。


「ルナ、あれでよかったのか」


 ズデンカは急いでその横に座った。


「よかった。あれ以上の結末はないよ。事件も解明されたし――もちろんカスパールさんの見たままを現実化しただけだから本当に起こったかどうかは別だよ?――、誰も不幸になってない。これで良いじゃないか……はぁ」


 ルナはため息を吐いた。


「お前は苦しんでる」


 ズデンカは言った。


 ちょうどバスの外は雨が降り始めたらしい。窓ガラスを伝って、幾条もの雨滴が落ちていく。


「苦しんでなんかいないよ」


「あいつは……マクシミリアンはスワスティカと同じだ。何百年も前からやってることは変わらねえじゃねえか!」


 ズデンカは叫んだ。


「時代は何も変わらないさ。馬の背中に狐が乗っているようなもんだ。運が悪かったとでもあきらめるべきだね」


 ルナは黙った。


 ズデンカも何も答えられなかった。


「わたしも……人殺しだよ」


 ルナが呟いた。


「お前はやつとは違うだろ。人は殺していてもそれを悔やみ続けている。悔やみもしないやつとは違う」


「悔やんでも罪には服していない。何ら変わりないよ。獄につながれて、刑に処せられて初めて、いやそれですら罪は消えない」


 ルナは消え入りそうな声になりながら言った。


「……」


 ズデンカは慰められる言葉を見つけ出せなかった。


 ルナの手は血塗られている。しかし、それを司法にゆだね、裁かせようとすることをズデンカは出来なかった。


 本来はそれは良くないことなのかも知れない。


 しかし、ズデンカはルナを愛している。


 ルナにはどこまでも逃げ続けてもらわなければならない。たとえ世界の果てであっても。


「ルナ、もう過去は振り返るな」


「振り返るよ。さっきのも歴史の話だったじゃないか」


「あたしも振り返らないようにする」


 しかし長く生きてきたズデンカにとって過去を振り返るななど出来る話ではない。自然と昔のさかのぼって考えてしまう癖がすっかり出来ているのだ。


――もう喋らない方が良いな。


 ズデンカはルナの側にずっといた。何も言葉は発さぬまま。


 時間だけが過ぎていった。大蟻喰もジナイーダもフランツもメアリーも近づいてこない。


ズデンカはいつしかルナの手を握っていた。


 汗に湿っている。もう秋とは言えバスの中はまだ暑いのだ。


 ズデンカもルナの肌だけは敏感に感じ取れることが出来るようになったようだ。


――早くシュトローブルに着いてくれよ。


 ズデンカは祈った。


 オドラデクは何も言わず、バスは軽やかな速度で進んでいった。

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