第百四話 死とコンパス(9)
飾り物の剣は帯びているが、役には立たなそうだ。斬りかかってくる恐れはないだろう。
――まあ襲って来たところですぐに斬ってやる。所詮は幻想だ。
ズデンカは身構えた。
「キミが犯人なの?」
大蟻喰がゲオルクに訊いた。
「貴様は何者だ?」
「面倒だなあ。ルナ、こいつ食べちゃっていい?」
大蟻喰は苛つきながら言った。
「まだだめ、わたしが訊こう」
ルナは大臣たちに近づいて行った。
「皆さん、わたしはシエラフィータ族です」
「なんだと?」
ボケてしまっているフランツ三世以外の全員が顔をしかめた。
「まだ、殺しおわっていなかったか……」
マクシミリアンがぽつりとつぶやいた。
「おやおや、それはどういうことです?」
ルナが首を傾げた。
「い、いえ何でもありませんよ。小生だってシエラフィータ族がすべて悪いと言いたいわけではありません。もちろん、あなただっておそらくは善良な方なのでしょう。ただ、連中の多くは悪さをする。単純に出て行ってもらいたいだけなんで……」
マクシミリアンは表向きは穏やかに応じた。
「いえ、あなたは今殺し終わっていなかったかっておっしゃいましたよね? それはわたしのことですか? 物騒だなあ。でもわたしも人は殺しているんです。あなたのことは言えません」
ルナはしゃべりたてる。
「そんなことは……」
マクシミリアンはまだしらを切った。
「それではあなたの王国の最後をお伝えしてもよろしいかもしれません。虐殺の件でシエラフィータ族はジークフリート王国を出ていき、商業面での発展は望めなくなりました。結果として王国は徐々に衰退していき、マクシミリアンさんのご子孫の代には滅亡に至ります。一族は殺されたそうですよ。残らずね」
さっきの本には載っていない歴史だ。たぶん、ルナは多くの本を読んでいるはずでそこから引用しているのだろう。
「このウジ虫が、妄言を!」
突如マクシミリアンは青筋を立て、怒鳴り声をあげた。
「やはり、お前らはいない方がいい! うちの国の民と勝手に交わって子を作る。そうすればもう追うことができなくなる。数が増える。それが何百年も続けばやつらに国を乗っ取られる。殺した方がましだ。子供のうちに殺してしまえば、後から涌いてくることもないと思っていたのだが!」
ゲオルクは終始気まずそうな表情をしていた。
ボリスも驚いている。かなりのシエラフィータ族排斥論者のはずだが、表向きは温厚な人物を装っていたマクシミリアンの突如の豹変におびえて脂汗をたらしている。
言うまでもなく犯人はマクシミリアンだったのだ。
「へえ、じゃあわたしを殺しますか。その剣で」
ルナは挑発した。
ズデンカもいつもは調和を重んじるルナがここまでの態度を見せることは少ないので驚いていた。
――たぶん許せないのだろう。
おそらくは自分が一番。同胞殺しを繰り返してしまった過去の自分が。
「そこらへんでお開きだ。ルナ、こいつらは消しちゃいなよ。どうしても消したくないならボクがすぐ食っちゃうよ。ボクはやると言ったらやる。さあ早く!」
大蟻喰が立ち上がり、有無を言わさぬ表情で近づいてきた。
ルナは指を鳴らした。
すべては掻き消えていた。




