第百四話 死とコンパス(8)
「それはどういう意味だ?」
ズデンカは訊いた。
「つまり、すべてを語りのなかで説明しているカスパールさんこそが犯人ではないかってことですよ。実際、情報はすべてカスパールさんからしか来ていません。史書に載っている文言は大した量じゃない。ならそれを信じるしかありませんよね。そこがまずおかしいって私ちゃんは言いたいんですよ」
「確かに」
ズデンカは考え込んだ。
「ちょっと待ってください! 私は見たままを語っています。嘘なんて言ってませんよ」
「嘘も何も犯人も証人も亡くなって久しいんです。本当かどうかなんてわかりません。しかも今私たちはバスのなかです」
メアリーはだいぶ元気を取り戻してきたようだった。
「……」
カスパールは黙ってしまった。
「まあいくら論じても堂々巡りだな。あたしが解決した数千年前の事件も本当に解決したと言えるの微妙だった。それぐらい昔の事件を明らかにするのは難しいんだ。都合のいい史料がいつも見つかるわけじゃないし、こんな場所では何も期待できない。ルナの能力だって、人がいないと再現は出来ない。今回の場合は……」
「カスパールさんがいますよね」
メアリーが言った。
「ああ、だがルナは眠ってる。起こしたくない」
ズデンカはきっぱりと言った。
「参考程度にしかなりそうにないですね。それもカスパールさんの記憶に基づくわけですし」
「いや、ルナならそいつの不都合な記憶も再現できるはずだ……前に何度もやってるが……」
「なら、やってもらいましょうよ」
「……訊かせてもらったよ」
ルナが身体を起こした。まだ顔は青い。
「おい、お前はまだ……」
ズデンカは焦った。
「おもしろい綺譚だ。是非とも再現してみたい。カスパールさんのお願いを叶えられるかはわかりませんけどね」
ルナはパイプをくわえた。
「それな私の容疑を晴らしてください。なんとしても」
カスパールは焦って答えた。
ルナは煙を吐き出した。
するとバスの中には四人の男が現れた。ズデンカにはそいつらが、フランツ三世、大臣マクシミリアン、次官ボリス、武官ゲオルクであるとわかった。皆物々しい、時代がかった毛皮付きの鎧を身にまとっている。
「ここはどこだ!」
ゲオルクが叫んだ。
「どこでもいい。お前らのなかでシエラフィータ虐殺に手を染めたのは誰だ?」
ズデンカは鋭く訊いた。
「……」
国王フランツ三世は惚けた目で遠くを見つめるばかりだった。
「シエラフィータ族など、わが国土には不要。排斥して当然だ」
ボリスが叫んだ。しかし其の身体はぶくぶくと太っていて顔色は青白く脂汗をかいている。確かにもう長く話さそうに思われた。
武官のゲオルクは少し気まずそうな顔をしていた。いかにもガタイの良い武官そのものといった感じだが、シエラフィータの血を引くと言うことはあまり喧伝したくないようだ。
「しかし、ここはどこなのでしょう」
マクシミリアンは意外に腰が低かった。大臣と言うくらいにありながら、この低さは少し異様でもあり、ズデンカは要注意名人物のように思った。
「バスって乗り物のなかだよ」
大蟻喰は笑った。
「バス? 訊いたこともない」
ゲオルクは叫んだ。
「……カスパールの証言は正しかったな。どいつも性格が言ったとおりだ」
「でも事実まではわかりませんよ。もっと会話して、話を聞き出さなければ」
メアリーは連中の腰の物へ目をやっていた。ズデンカもつられてそちらを見たが武装している様子はない。




