第百四話 死とコンパス(4)
「王は傲岸だった。戯れに地図にコンパスを突き立て、円が引かれたそのなかにいるシエラフィータ族の幼児を残らず殺していった」
ズデンカはあきれた。かなり大昔の話、まだオルランド公が成立するよりも前の話だが、シュトローブルの近くを支配する小さな大嶽の話のようだ。
ズデンカも生まれるより何百年も前だ。
今まで訊いたこともなかった。マイナーな王国のため百年で滅亡していた。
「馬鹿なことをする王がいたもんだな」
「あ、その人知ってます。フランツ王ですね」
ネズミの三賢者で白い毛並みのカスパールがズデンカの肩まで上ってきた。先ほどの音波攻撃にもやられていないらしい。
「フランツ王! フランツと同じ名前じゃねえか。こりゃ傑作だな」
ズデンカはあざ笑った。
「よくある名前だ。確か三世だろ?」
フランツは恥ずかしそうに言った。
「記憶力いいな。その通り、三世だ」
ズデンカはページをめくりながら確認した。
「この三世陛下は三十年以上の治世を誇り長らく平穏無事に統治したが、最後の最後でとち狂った行動をし始めたらしい。まあその三十年というのも怪しいものだがな。今から見れば多くの他者を迫害したと見なされるような人間もその当時なら英雄さまってことは頻繁にある」
「フランツ三世は神経質な人でした。子供はたくさんいらっしゃいましたけどね。其れで後継争いもあったそうです」
カスパールは説明した。
「何でコンパスで虐殺をしようとしたんだ」
「コンパスはジークフリート王国では神聖なる道具とされていたんですよ」
ジークフリート王国がフランツ三世が統治した国の名前だ。
「理由がわからん」
「ジークフリート王国は地図を作成することを国家事業として進めていたんですよ。滅亡後も遺産が残ったおかげで、我々の文明の科学はかなり進展したといえます。まあ同時期地図を作成していた国家はいくつもあるんですけどね」
「そんな大事なコンパスで遊ぶとはな」
ズデンカは軽蔑を込めて言った。
「遊んだんじゃないですよ。フランツ三世は頭のなかでは壮大な計画を行っているいるつもりだったんです。救世主殺しのシエラフィータ族を討滅することは長らくトルタニア大陸の多くの人間の夢でした。徹底的にむごたらしくやったのがスワスティカでこそありますけどね」
「その時代にお前が根絶しておけばカスパー・ハウザーに取り込まれることもなかったな」
「いえいえ、私独りの力ではとてもじゃないですが、不可能でしたよ。三賢者全員そろっても無理でした。もとより我々が影響力を及ぼせるのは鼠の世界のみ。それでさえ『鼠流合一説』ひとつつぶせていないのです。本当に無力だと感じられますね」
カスパールはぺこりとお辞儀をした。
「『鼠流合一説』だと? なんか聞いたことあるな」
ズデンカはずいぶん懐かしい言葉に出くわした。ルナやズデンカがランドルフィであった獣人のカルメンが口にしていた言葉だ。鼠獣人の間ではやっていた思想のような者だったはずだ。
「ろくでもない考えですよ。鼠獣人の始祖は我々三賢者から分かれた三流のままにはせず一つの流れにするばきだ、鼠の王国を作り上げるべきだとする思想なんです」
「そうなのか。初めて詳しい内容を聞いたぜ」
「ほんとに酷いんですよ」
今度は別の三賢者であるメルキオールが駆け上ってきた。




