第百三話 性格音楽(9)
「皆さんの『音』はちゃんと奏でさせてもらいました。私は相手の性格は見抜けませんが、その人を殺せるぐらいの『音』は出せるようになるつもりです」
音の圧が変わった。多くの乗員がもがき苦しみだしていた。
ズデンカはルナが心配で振り返りながら、しかし、必死に逃げまわすロミルダを終えなかった。
「愉快愉快! あと一分、二分ぐらいしたらほとんど死んじゃうでしょうね。もちろんあなたとさっき襲ってきた方――それから――あれっ?」
そういった次の瞬間ロミルダの頭が消えていた。
犬狼神ファキイルだ。本来の狼の姿に変わっていた。
後ろから頭にかぶりついて首の骨ごと切断したのだ。
「我には気づかなかったようだな」
やがて、音がやんだ。
「はあ、はあ、はあ」
皆、激しく呼吸をしていた。
性格音楽はロミルダのあっけない死とともに奏でられなくなったのだ。
そういえばファキイルは小さく座席に深く腰掛けていたため、ロミルダは認識しなかったのだ。
ズデンカもしばしその存在を忘れていたほどだった。これほど存在感があるのに、どうしたことだろうか。
「少し気配は消していた。こいつはなにかおかしいと思ったからな」
ファキイルは答えた。
「お前、そんなこともできたのか」
ズデンカはびっくりした。確かにしばらくファキイルが仲間にいることすら忘れていたのだ。
「うっうえええええ、ひどい目にあいましたよ」
オドラデクは全身の車体をぶんぶん前後に動かした。
「こら! 動かすな!」
ズデンカはまだ苦しんでいるルナが心配だったので、きつく言った。
「お前がいなければ、ここはやばかったかもしれない。ロミルダは殺せたかもしれないが、ルナも他の奴も助けられなかっただろう」
「フランツやメアリーが苦しそうだったから」
ファキイルは言った。確かにフランツも顔面蒼白になり座席に倒れている。メアリーも同じく折り重なっていた。
だがズデンカはルナのほうへ言った。こちらもかなり辛そうにしている。
「大丈夫か」
「……ロミルダさんは」
ルナが訊いた。
「奴は死んださ。ファキイルが殺した」
「そうか……」
「あんなやつの心配はしなくてもいい。それよか……」
とズデンカはまたロミルダの遺骸に近づいていき、『告げ口心臓』をもぎ取って、マッチを探して火を放ち、外へ放り投げた。
『鐘楼の悪魔』のように遺骸を乗っ取って暴れ出されるのはごめん蒙りたかったし、ジムプリチウスに場所を知られたくもない。これだけは早く処分しておきたかったのだ。
「すぐに出発だ。オドラデク、おめえに言ってるんだぞ」
ズデンカは上を見て叫んだ。
「ぼくだってさんざんおなかの中で暴れまわられて、ダルうって思ってるんですよ! 少しは心配してくださいよ」
「だがこの中で一番動けるのはお前だろうがよ。早く進め!」
バスはドアを急いで絞め走り出した。
「はやく、こんなろくでもない」
首のない遺骸は同乗しているが、『告げ口心臓』のように簡単に外に放り投げることもできない。
「オドラデク、お前ならなんとかできるだろ?」
「まあ遺骸の処理は慣れてますよ。道中いろんなやりかた試しましたからね」
「じゃあ何とかしろ」
「はいはい、ほんとあなたの人使いの粗さ、どうかしてますよ」
オドラデクは皮肉っぽく応じた。
「さっさと進め」




