第百三話 性格音楽(6)
「大変苦労なさってこられたでしょうね」
メアリーが言った。珍しく相手に共感するようなセリフを吐いた。
「はい、本当にあちらこちらさまよって……私は戦災孤児だったんです。シエラフィータ族でこそなかったんですが、町が爆撃されてしまい……」
「それは大変ですね」
ルナも自分の過去を思い出したのか、しみじみと語った。
「はい、やっと人並みの暮らしが出来るようになってきました。外国にも行きましたよ。楽器を自ずと動かすことが出来その人のキャラクターを音楽にするって能力は、煙たがる人も多かったですが、だんだん喜んでくださる方も集まってきて……ほそぼそと商売が出来ている感じですね。あくまでその人の性格から曲を作れると言うだけで、性格や思っていることを知ることは出来ないんですよ。そこはご安心してくださいね」
「それは良かったですね。旅って楽しいですもんね。わたしも世界各地を何周もしてます」
ルナは楽しそうに言った。
――ルナの旅はお前の旅とは違う。
ズデンカはどうもロミルダが好きになれなかった。なぜかはわからないが、どうしてもだ。他人の苦労話なんてものは所詮自分が経験したわけではないから、そうでしたねで大概は終わる。
自分の経験と多少絡み合うものがあれば反応があったりする。メアリーの場合がそうだろう。ルナも戦争で親を殺されたわけだから、戦災孤児に近い経験をしている。
ロミルダに共感が集まるのはわかる。だが、ズデンカは自分を元にしたという曲を聴いてなおも、ロミルダには心が許せなかった。
――あたしのひが目なのかも知れねえがよ。
大蟻喰の曲の番が来た。
こちらは転調の多い奇想曲だ。大蟻喰っぽいと言えば言える。さすがにズデンカは笑った。
「こら、ズデ公。笑うな」
大蟻喰がいつの間にか起き上がっていてズデンカの頭をはたいた。ズデンカはもちろん回避したが。
バルトロメウスの曲は静かだった。だが突然、驚かすような響きが入るあたり良く正確を再現しているなとズデンカは思った。
「ふーん、まあおもしろいね」
バルトロメウスは短く感想を漏らすだけだった。
キミコの曲はやはり東方の調べだ。ズデンカは歌こそ歌えない方ではないが、音楽は苦手なのでよくはわからない。
「島尾の曲はあまり聞いたことがないんです。父上が笙を吹いていた記憶はおぼろげながらあるんですが……、その後実家の者は全てどこかに行ってしまって……」
キミコは寂しそうに言った。
ジナイーダはやはりグリーンランディアを思わせる暗く寂しい音色だ。ズデンカは行ったことがないので一度は訪れてみたい気がした。
「……」
ジナイーダはあまり興味がないらしく、物思わしげな顔で動かない車窓を眺めていた。
車内組はオドラデクを除けば全て終わった。ズデンカこそ二番手に演奏されたが後から来たグループの演奏が始まる。
フランツの曲はあまり屈折がなかった。其のぶんつまらないとも言える。
――確かに性格通りだよな。
ズデンカは笑った。『性格音楽』自体は少しおもしろくなってきていた。
メアリーの曲が始まる。
これも大蟻喰とならんで、予測不可能な曲だ。不気味な旋律が響いたかと思えば暖かい音色に変わり、やがてまた旋律を変えていく。
「興味深いですね」
メアリーは楽しそうだった。




