第百三話 性格音楽(5)
ズデンカの読みは当たっていた。バスには新しい客人がいた。
背丈の小さな若い女だ。
蓄音機のような機会をそばに置いていたが、レコードのようなものは入っていなかった。
それなのに、音が鳴るとは面妖だ。
「そいつは誰だ?」
注意してなかを伺っていたズデンカは其の姿を見るなり思わず怒鳴り込んだ。
「あ、こちらはロミルダさん。暇だったから綺譚を探していたらおもしろい機会を抱えた人がやってきてね。話してみたら、『性格音楽』ってやつを披露してくださったんだよ。実に興味深い。試しにわたしの性格音楽とやらを奏でさせてもらってるのさ」
「『性格音楽』?」
ズデンカは妖しげに蓄音機を見た。
「その方の性格にふさわしい音楽を披露するできるんですよ」
ロミルダは答えた。
「それで金を取っているのか?」
「はい、まあ見世物師のような暮らしを送っています」
ロミルダは微笑んだ。
「なんか山師くさいな」
ズデンカは言った。
「よく言われます」
「ホントに音が鳴るんだよ! こりゃすごいよ」
確かに今かかっている曲は明るいものではあるが、しかしそこの響きにどこか暗いものが混じるのは確かにルナらしいといえば言えるのだった。
「こんなものに金払ったのかよ。無駄も良いところだ」
「あなたの曲も演奏して差し上げますよ」
ロミルダは答えた。
「いらねえいらねえ。あたしの曲なんざ。聞きたくもない」
「お金に関しては大丈夫です。ペルッツさまはこちらに同情される方全てのぶんの曲を払っていただいておりますので」
「なんだと!」
ズデンカはあきれた。
ルナの金遣いの荒さには道々文句を付けてきたズデンカだが、今回のはさすがに度が過ぎている。
性格を演奏する音楽?
そんな訳のわからないものの金を使うとは。
「大蟻喰! お前止めなかったのかよ」
「ボクはルナを守って約束は果たしてるよ。金なんてどうでもいいじゃないか。ルナのやりたいようにやれば良いよ」
大蟻喰はルナの横の席にだらんと横たわっていた。
「ルナ、もう返ってもらえ。金はやるから出て行け」
ズデンカは不機嫌に言った。
「せっかくいただいたんですから、全ての方の演奏をやってみたいですね」
曲が変わった。早く、鋭く、そして、時に穏やかになる曲だ。
「これがそちらの方です」
ズデンカを指さしながらロミルダは言った。
「お前、あたしのことを知らないだろ? 何でわかるんだ」
「生まれつきそういう力がありましてね。ペルッツさまと同じようなものです」
「そうなんだよ! そうなんだよ! ロミルダさんは特殊な能力があるんだ。だから同志! って心から思っちゃった!」
ルナは騒ぎ立てた。
――本当か?
ズデンカは疑念を感じた。どうにも最近妖しい輩が多い。
スワスティカの残党連中が本来の目的を隠して近づいてきたのではないか?
一瞬でもそう思ってしまうのはおかしくない。
その人の性格を音楽に変えるとは奇妙な能力だ。
しかし、あまり使えるとは思えない。こうやって見世物をするのがせいいっぱいだろう。
「ペルッツさまと比べれば私なんてたいしたことないですよ。これまでかろうじて生きてきただけで精一杯でした」
ロミルダは言った。




