第百三話 性格音楽(2)
「仕方ないな。そこまで頼ってくるんだったらしゃーないというか。実際正論だしね。ボク以上に強いやつはいない」
大蟻喰は腕を組んだ。
「まあそうだな。お前が戦ってくれたらルナは守れる。ミュノーナに入れるわけにはいかないからな」
ルナは嫌そうな顔をした。また話を聞きに行きたいのだろう。
だが、そういうわけにはいかない。
今ミュノーナにはルナへ対して悪意をむき出しにする輩が跋扈しているのだ。
「お前はおとなしくしてろ」
オドラデクバスでエンヒェンブルグからミュノーナに引き返してこのかたあまり会話が交わせていない気がする。
もちろん、途中草で出来た迷宮のなかに入り込むまではある程度話は出来ていたが、ズデンカがバスの上に乗ってからは一言も交わせていない。
ズデンカはなぜだか焦った。
ルナと長く沈黙が続いてしまうのが今日に限ってなぜだかつらい。
普段は互いに無言でも気にしないのにだ。
「それじゃあズデンカさん行ってらっしゃい」
メルキオールはいつのまにかズデンカの躰から離れており、座席の上で手を振っていた。カスパールも横にいる。
ズデンカは何も答えずバスの外へ降りた。
フランツたちも続いて降りてくる。
「ミュノーナではステファンの家に直行するぞ。俺だって長居はしたくない」
フランツは言い訳がましく言った。
ズデンカは答えずに歩き出した。
「足手まといになんなよ」
小声で呟きながら。
フランツも手練れではあるのだろうがズデンカは特別強い存在とは感じられなかった。
メアリーの方が厄介に思えるほどだ。
「でも、もしミスター・スモレットがいなかったら?」
メアリーは不吉なことを言った。
「いなかったら、とはどういう意味だ?」
「いえ、ちょっと情報が入っていましてね。いえ、不完全な情報ではあるんですが」
と言うメアリーの方には鳩が経っていた。
「不完全な情報?」
ズデンカもフランツもそろって訊いた。
「スモレットをミュノーナの街中で目撃したって話です。でも、報告者はミスター・スモレットの顔立ちを把握しておらず雰囲気で察したみたいな曖昧なことを述べており、正直よくわかりません」
「気になる情報だ。ニコラスはどこへ行ったんだ?」
「さあ、とりあえずステファンさんの家へ戻ってみるしかなさそうですね」
ステファンの家にはもちろんズデンカは行ったことがない。どこにあるかも知らなかった。
「案内しろ」
「言われなくとも」
フランツは答えた。
一行は町の中に入った。昨日までとはまるで雰囲気が変わったように感じられた。バスの中でズデンカの躰から離れていったメルキオールが躊躇したのは妖気を感じたからだろうが、ズデンカはよりもっと人間的な居心地の悪い雰囲気を感じた。
どこか悪意が満ち満ちているような感じだ。
ささやき声が交わされていた。ルナ・ペルッツ、あるいはジムプリチウス、そればかりだ。
ズデンカは新聞を買ってみた。ざっと目を通すと、たちまち驚いて顔を上げた。
「ニコラス・スモレットが捕まってるぞ!」
「なんだと?」
フランツは驚いた。
ズデンカは紙面を見せる。
「今日の昼頃、広場でジムプリチウスの演説が行われた。その際に狙撃を行った犯人こそ、ニコラス・スモレットとされている。オリファント出身の男とだけ紹介されているな」
「これは、困った」
フランツは顔を曇らせた。
「置いていくのも良いかもしれませんね」
メアリーは冷たく応じた。




