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第百二話 草迷宮(14)

 ズデンカはできるだけ早く戻りたくて迷宮の奥へ奥へと速足で進んだ。


 元の場所に覚はいた。


――別れを告げに来た。


――出かたがわかったのか。


 覚は訊いた。


――ああ、あたしが何かしたわけでもないけどな。


――ここはそういう場所だ。何かをすれば抜けられるのではない。


 覚は答えた。先ほどあった恐怖した様子が、すこし薄れているように思われた。 

――そうか。じゃあまあ正解だったわけだな。お前の言ったことは本当だったよ。ここでは時間が経たなかった。ありがとな。


 覚は答えなかった。


 ズデンカは歩き出した。


――帰るのか。


 心のなかで響くのは特に感情もこもっていない声だったが、ズデンカには悲しそうに聞こえた。


――主人がいる。あたしはメイドだ。


――帰る家があるんだな。


――お前はここが家だろ。


――ここは家ではない。


――なら出て行けよ。こんなところに長居するな。


――どこにいけばいいんだ。


 一緒に来いとも言えなかった。


 本来ならジムプリチウスに対抗できる戦力にするべきなのかもしれない。


 今は一刻の猶予もないのだ。


  だが、ジムプリチウスの周辺は妖気に満ちている。その方面に関してはズデンカは感じ取れないほど鈍感なので不安はなかったが、繊細な覚は耐えられないだろう。



――お前が落ち着ける場所へ行け。この国じゃなくてもいい。そもそも、何でこんなところに来た?


――連れてこられたのだ。ちょっと前に。


 戦争の頃のことを言っているのだろう。


スワスティカは東洋の妖怪も多く集めていた。さまざまな実験に使っていたものと思われる。


 ズデンカは戦中自分は、よく捕まらなかったものだと思った。スワスティカの支持者の中にはかつてズデンカをコレクションにしようとしたヘクトル・パニッツァのような危ないやつもいた。


 覚も材料にされず逃げてこられただけでも良かったのかもしれない。


――お前がここにいる必要はない。この迷宮もいずれは崩れる。それまでには出ろよ。じゃあな。


 そうズデンカは言い置いて、歩き去った。


 まだ、後ろ髪を引かれる思いはあった。


 どうも他人には思えないのだ。いや「他人」という言葉を使うのが適切かはわからなかったが。


 だがズデンカは走り続けた。草むらに開かれた穴はまだ残っており、陽光は差し続けていた。


 ズデンカは外に出てバスを探した。


「あ、ズデンカさんだ! 待ってましたよー!」


 オドラデクは剛速球で近づいてくる。中にはメアリーやフランツも乗っていた。


「待たせたな」


 ズデンカはバスの世に飛び乗った。


「おや、ズデンカさん、乗らないんですか」


「何か今はそんな気分じゃなくてな。ここからは見晴らしがいい。何かが襲ってきたらすぐに動いてやる」


「へいへい、わかりましたよ」


 オドラデクは走り出した。


 実際ここからは見晴らしが良い。正午の柔らかな光に照らされて、かゆみさえ覚えないほど強い吸血鬼となったズデンカは疾走した。


 ふと振り返ると、さきほど抜け出した草迷宮の穴がゆっくりとふさがって行く様子が見えた。


――あいつは、閉じこもることを選んだのか。


 少し残念な気がした。


 しかし、そういうあり方があってもいい。

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