第百二話 草迷宮(8)
「東洋の妖怪です。キミコさんもご存じじゃないかと思いますよ。僕はちょっとばかり島尾に行っていたこともありましてね」
「初耳だな」
「長く生きていればまあそういうこともありますよ。身軽な体になった後のことですしね」
メルキオールはかつて体を最大限まで膨張させていた。ある時からそれをやめ、今
の小ぶりのものに戻ったらしい。
「妖怪とは初耳だな」
「我々の知る妖精に近いですが、少し違う。島尾独自の感性が入った存在なんです。向こうでは熱心根研究されていますよ。妖怪学って名前でね。本もこちらに来ているので、ズデンカさんも読んでみたらどうです?」
先の戦争で島尾はスワスティカに組し、連合軍に敗北した。戦時中から人や物が大量に流れ込んできており、その過程もあって、キミコはオルランドで暮らしているのだ。
妖怪がここにやってきていてもおかしな話ではない。
「言葉がわからん」
「翻訳もされてますよ……そうだ。うんちくはこれぐらいにしておかないと。今ズデンカさんの目の前にいるのは覚という妖怪ですね」
「どんなんだ?」
――話がまだるっこしい。
ズデンカは早く話の本質を訊き出したかった。
「ですから、人の思っていることを読み取れます。最初に言ったとおりですよ。僕はたまにズデンカさんの思っていることがわかるぐらいですが、覚は誰の物でも、いや人以外の物でも心を読み取るって言われています」
――じゃあ奇襲を考えたこともばれてるのか。それにしちゃあ何も攻撃してきやがらねえ。
ズデンカは覚の背中を見つめた。
「本来覚はおとなしい妖怪なんです。人を空間に引き込んだりみたいなこともしないはずなんですけどね。その性質上、あまり他の生物と交わりを避けているようです」
メルキオールは首をかしげた。
ズデンカはかつてゴルダヴァで会った悪魔グラシャボラスを思い出した。
――あいつも人と交わらないようにして生きていた。
「何かに影響されるってことはあるかも知れません。特にジムプリチウスの『告げ口心臓』……失礼。お話のほういろいろ伺わせておりました。私はカスパー・ハウザーとつながっておりましたのでスワスティカの連中の考えていることが少しばかりは洞察できます」
カスパールがおずおず手を上げた。
ゴルダヴァから長く旅に同行してはいるがズデンカはあまり会話したことのなかった。ズデンカはメルキオールよりこちらの方に興味を持った。
「影響ってどんな風にだ?」
「あれだけの人間によって作り出された心臓が大きな瘴気を生み出し、純然たる妖怪の心を蝕むのでしょう」
なるほど、ありえる話だ。
グラシャボラスの苦悩の一因もひょっとするとカスパー・ハウザーやジムプリチウスの行動によるものだったのかも知れない。
かつてそれとなくスルーしていた件が今につながってくるのだから不思議な物だ。
スワスティカは本当に罪作りなことをしている。カミーユ・ボレルが使役している改造された妖精もスワスティカによって作られた物である可能性は高い。
――この世界が、おかしくなっちまう。
ズデンカはジムプリチウスをだとしなければならないとより決意を固めた。
さて、それではどう会話をするかだ。




