第百二話 草迷宮(5)
――また何か怪しげなもんと出っくわしたんじゃないか?
「綺譚の匂いがする!」
ルナはむっくりと頭をもたげ、窓の外まで走り寄った。
「おい、下手に動けば撃たれるぞ!」
ズデンカは焦ってその後ろに移動する。
「もちろん、ちゃんと防備はしてるよ!」
ルナは膜を生成して身を守ることが出来る。
だがルナの体に負担をかけることは確実なのでズデンカはあまりやらせたくなかった。
実際ここ最近動いてばかりのルナは休まる時間がない。
寝る時間もとれていないのが現状だ。休めると思っていた『仮の屋』もたちまち襲撃されて灰燼と化してしまった。
「この叢、わたしの幻想と同じにおいがする」
ルナは静かに観察しながら言った。
「どういうことだ?」
「つまり本質的に実態はないのさ。ゼロから一を作り出した。つまりこの叢はこの世の他のものってことさ」
「よりわからんな」
「つまりこのバスは何者か後からによって草で出来た――まあ言ってみれば迷宮とでも言ったものに紛れ込んじゃったってことかな?」
ルナは涼しく言った。
「ホントですフランツさん! 困りましたいくら言っても草草草の草だらけですよ!」
オドラデクは騒いだ。
確かに言葉通りそこまで言っても目の前は草で覆われて、バスは同じところを行ったり来たりしているようだった。
「おもしろいじゃないか。絶対この迷宮には主がいるはずだ。ぜったいおもしろい綺譚を持っているに違いないよ! 絶対に聞いてみたい!」
ルナははしゃいだ。
「そういえば、島尾の伝説でも聞いたことがあります。物の怪のなかには、人間を草むらの中に迷い込ませるものがいるとか」
キミコは手袋で慎重に座席などを触りながら言った。
「もののけ?」
メアリーは首をかしげた。
「島尾の妖精のような存在っていったらわかるかな、いや妖精だけじゃなく獣人や悪魔をまとめて呼んでいることもある」
ルナが説明した。
「じゃあ物の怪がこの国にもいるってことか?」
フランツが言った。
「それはわからない。だが同種のものが紛れ込んできている可能性はある」
ルナは言った。
「チッ。早くこんな場所抜け出してミュノーナに帰らねえといけねえのに」
ズデンカは舌打ちした。
「まあ待ってよ。この迷宮、何か抜け出す手があるはずだよ。キミコのふるさとでは何か話が伝わっていない」
「手鞠を……手鞠を投げ入れてその糸を抜いて迷宮の奥の奥まで投げ入れれば、やがて迷宮の主のもとへとたどり着けるとか」
「テマリ?」
今度はフランツが聞いた。
「なんと言ったらいいのかな。島尾のハンドボールみたいなもんだよ。遊んだことあるけどなかなか大変だった」
「ボールが糸なのか」
「うん、島尾の鞠はたくさんの糸が巻かれているんだ。まあ百聞は一見にしかずだよ」
「そんなもんここにはねえぞ」
ズデンカは言った。
「だから、わたしの能力があるんじゃないか。何度も見てるし遊んだこともあるんだから再現は容易だ。ほら、この通り」
とルナは手を左右に振って虹色のカラフルな『手鞠』を現出させた。




