第百二話 草迷宮(4)
「さあ、進め。出発だ」
もうこうなった以上、さっさとミュノーナに戻るに限る。
「指図しないでくださいよぉ、わかってますってば」
キミコもジナイーダも早めに席に座っていた。
ファキイルはのろのろと上ってくる。バルトロメウスにせかされていやいやと大蟻喰も乗り込んでくる。
重いエンジン音を立てて、オドラデクバスは走り出す。
思ったより早かった。
この調子だとものの一時間待たずしてミュノーナにつけそうだ。
「ニコラスは俺にとっては重要な仲間だ。それはわかってくれないか?」
ズデンカの隣に腰掛けていたフランツは静かに言った。
「……わかった」
少し落ち着いたズデンカは、考え直すことが出来た。
『仲間』。その言葉はズデンカに重く響いた。
ズデンカも旅の中で仲間だと思った相手がいた。だが今は離れてしまった。
パヴィッチでジムプリチウスに引き離されたのだ。今どうしているかもわからな
い。一人は修道院に預けてそれっきりだ。
よく考えればフランツの方がより親密で結びつきの強い『仲間』を作れているのかも知れなかった。
もちろんジナイーダは大事だ。だが仲間というのとは何か違う。
個人として認めるとしてもやはりズデンカの『闇の娘』なのだ。
よりフラットな『仲間』という言葉を使うわけにはいかない。
カミーユ。
ズデンカはかつてカミーユも『仲間』だと思った。しかし、今はもうそうとは思ええない。
たとえもう一つの人格が原因だとしても、あそこまで多くの血で手を染めた人間は普通の社会には戻れない。
処刑人として復帰するのも難しいだろう。決められた処刑以外の人間を殺してしまうような存在は社会から徹底的に爪弾きにされる。
そういうこの世界に行き場のない存在がルナを狙っている。
最悪殺し合いになるのは避けられない。側にいて笑っていたカミーユ。
それを殺せるのか?
ズデンカはなかなか出来そうにないと思った。
だがルナを守るためならば仕方ない。
「お前も『仲間』を守りたいんだな。ならあたしは全力で従おう。もちろん、ルナの命が危うくならないうちは、という条件付きでだが」
「もちろんだ。俺にとってもルナは大事だ」
こんなに二人に思い遣られているのに、ルナ当人はぼんやりと宙を見据えている。
「ありがとう」
フランツはうなだれた。
――素直なやつだ。
ズデンカは感心した。ルナが気に入っていろいろ世話をしていた理由がわかった気がする。
根本的にフランツはねじ曲がったところがないのだ。
真面目ともいえる。それでスワスティカ猟人という血にまみれた仕事をするのは大変だろう。
「ズデンカさんも、シュルツさんの軍門に降りましたね」
メアリーは涼しく笑っていった。
「降ってなどいないのだが」
ズデンカはむっとした。
「冗談です」
バスは意外に安全運転だった。でこぼこした道を避けて出来るだけ平坦な方を進んでいく。
草が多く茂った場所に入った。太陽の光が遮られて暗く陰る。
「こんな場所行きにあったか?」
ズデンカはいぶかった。
「なんか、突然出っくわしたんですよ。おっかしいなあ」
どこか剣呑な予感をズデンカは抱いた。




