第百一話 魂を漁る女(12)
とはいえジムプリチウスはこびを売ってくるような相手の賛辞はたやすく見抜くだろう。
カミーユの場合媚びを売りたいという気持ちより会話の面倒さを回避したい精神から絞り出されたものだったから、邪念が見えなかったのだ。
純粋なまでの退屈。
カミーユは自身の観念がとてもおかしく思えた。
「これから私は何をすればいいんですか?」
カミーユは言った。
どうせお前に出す指示はない、などと返されるものと思っていた。
だが。
「お前はルナ・ペルッツを襲え。シュトローブルの要塞に入る前に」
ジムプリチウスはぼそりと言った。
「シュトローブルですか。行ったことないですね」
「俺は戦前に何度も視察に行ったさ。あの要塞を築いたのはスワスティカだ。戦後の奴らは何食わぬ顔をしてスワスティカを批判しながらその遺産を食い潰していやがる」
ジムプリチウスはあからさまに表情をゆがめた。
なるほど、過去の因縁は多分に引きずっているわけだ。宣伝大臣とは良いながら、ジムプリチウスは軍事にも関わっていたという話はカミーユも聞いたことがある。
普段あまり本を読まないカミーユも現代史の本は何冊か読んだことがあるのだ。
もう一つの人格がこういうときは役に立った。サーカスの移動の間どうしても本を読みたくなったようだ。本当は少女小説のような波瀾万丈の物語が読みたかったようだが、活を癒やすために仕方なく手に取ったようだ。ルナから『野菊の別れ』を渡されたときはむさぼるように読みふけっていた。
カミーユは物語の良さがわからない。もちろん知識としていくつか物語を知ってはいるし、ルナをまねして人から物語を聞き出すみたいなことも何度かやった。
だが、何かがおかしい。
どこか決定的にズレがあるような気がする。
ルナは物語を心から楽しんでいた。まるで子供のように。
カミーユはそのグロテスクな模倣が出来るだけに過ぎないのだ。これはカミーユにとってはあまりおもしろいことではなかった。
何かルナにはカミーユには決定的に欠けている要素があるようだ。だからこそカミーユは気になり続けている。
「ルナさん、会いたいよ」
カミーユは呟いた。
「なぜ、ルナ・ペルッツと会いたいんだ?」
ジムプリチウスは素早く聞きとがめた。
「あれ、言いませんでしたっけ?」
「訊いてない。お前についてはある程度は調べてるがわからんこともある」
「調べないでください」
カミーユは冷たく言った。
「必要上調べただけだ。俺はカスパー・ハウザーとは違う。個人の執着では動かない」
だがジムプリチウスも何かルナに執着している理由があるはずだ。いくら問いただしても決して明らかにはしないだろうが、カミーユはそれを見抜いている。
「私はただのナイフ投げです。処刑人の家に生まれただけの」
「ただのナイフ投げがあれだけ派手に人を殺すか」
ジムプリチウスは嘲った。
「だって、殺すのはおもしろいでしょ?」
魂が必要だったと言い訳は出来たが、自分に嘘を吐くことになる。
カミーユは正直に答えた。
「お前はとことんイカれてるやがな。だが俺が政権を握るには、お前のようなイカれたやつが必要だ」
「それは興味深いですね。私みたいな存在が、あなたの政権奪取に協力出来るとは」
カミーユは皮肉なく言った。皮肉のように聞こえてしまうのは仕方ないセリフかも知れないが。




