第百一話 魂を漁る女(9)
「ジムプリチウスさんはすごい人です」
カミーユがかつて、どこかで聞いた声が響いた。
拡声器もなしに大声でだ。
気になって振り返ると、確かに演題の上でどこかで見た炎が揺らいでいる。カミーユはそれが誰なのか記憶を探してみた。
思い出した。
エルヴィラ・コジンスカヤ。
ヴィトカツイ王国のコジンスキ伯爵令嬢だ。ゴルダヴァで消息不明になったと思っていたが、まさかこんなところまで来ていたとは。
カミーユはかつてコジンスキ伯爵量まで出向いて、領民に『告げ口心臓』を広めた事があった。そのせいもあってか、聴衆の中にも
「なんだお前は!」
「ジムプリチウスさんを出せ!」
「関係ない奴は出てこんな!」
聴衆に怒気がみなぎる。
カミーユはかつてコジンスキ伯爵量まで出向いて、領民に『告げ口心臓』を広めた事があった。そのせいもあってか、聴衆の中にも知っている者もいるようだ。
「知っている、ほんとルナ・ペルッツはコジンスキ家にひどいことしたよね。土地の人もみんな怒ってるよ!」
どこか半可通だったが。
それにしても、カミーユはまさか自分の知り合いがやってくるとは思わなかった。
しかし、よく考えればエルヴィラは何かジムプリチウスに頭を弄られたらしいと考えれば、ジムプリチウスが支配下に置いていてもおかしくはないのだ。
「まあ待て、話を聞こう」
ジムプチリウスは拡声器を差し出す。
「ジムプリチウスさん、さすがにパねえっす!」
「ジムプリチウスさん、最高!」
「何で慈愛に満ちた方なんだ!」
賞賛の嵐。嵐。嵐。
カミーユは辟易した。どうにも不快で仕方ないのだ。あまり言語化できない感情ではあったが、この一斉に一人の人物をあがめ垂れまつる空間の居心地はとても悪かった。
「私は独りで殺すのが性に合ってるよ」
カミーユは小声で言った。
「私は、ヴィトカツイの貴族です。ジムプリチウスさんに救っていただきました。ルナ・ペルッツという悪い人間にたぶらかされて話を提供しましたが、わけのわからない場所に連れていかれたのです」
これは、全くの嘘だ。
エルヴィラとカミーユを含むルナ一行は単に同じ町に用があって向かっていただけだ。
つまりジムプリチウスお得意のデマとでっち上げだ。
だがデマというのは大枠の事実だけがあればすぐに広がるものなのだ。
エルヴィラは取りつかれたような蒼白な顔になり、ルナへの呪詛を口走っていた。
誰が俺は人は操らない、だ。これはというほど洗脳をしているではないか。
だがカミーユはジムプリチウスの洗脳技法の巧みさに感心した。今の自分ではここまで根こそぎ考えを変えられないだろう。
「やはりペルッツは悪逆非道だ。あんな若い女性を誘拐するとは!」
「他の国でも犯罪を起こしてやがったか。マジで捨ておけん! 殺せ!」
「どこまでも腹の立つアマだ!」
ものすごい憤激が巻き起こっている。なぜここまで赤の他人に怒れるのだろうか。カミーユはとてもわからない。
それはルナの人種も関係あるのだろう。性別も関係あるのだろう。どちらも重なる場所にものすごい怒りと憎しみの対象が生まれてるのだ。
「すごく楽しくなってきた。ルナさんがどこまで憎まれ嫌われていくのか、見たくなってきちゃったよ」
退屈し始めていたカミーユは初めて面白い瞬間に到達していた。
「ルナ・ペルッツは私と友人アグニシュカを引き離しました。今は何処に行ったかもわからない。私はアグニシュカを探しています。でも居場所がわからない。本当に許せません! 私にアグニシュカを返して!」
エルヴィラは悲痛に叫んだ。
だが、その叫びはすべてジムプリチウスに形作られたものなのだ。




