第百一話 魂を漁る女(8)
「やっと見つけたぞジムプリチウス! パウリスカをどこへやった?」
カミーユはよくわからないが、何か個人的な恨みをニコラスは叫んでいた。
もちろん、ジムプリチウスは答えない。
「ゴミが! ゴミだ!」
激高した聴衆たちが、ニコラスの頭を何度も何度も演台に打ち付けた。瞬く間に顔が腫れ上がり、ニコラスは何も言えなくなった。
「まあ待て。殺してはならん。あくまで法律の手にゆだねるべきだ。俺たちはルナ・ペルッツのように私刑を下す悪党になるべきじゃない」
ジムプリチウスは制した。
オルランドの警察はシエラレオーネ政府ほど、スワスティカ残党の逮捕に熱心ではなく、他の犯罪を起こさない限り逮捕されることはない。
それが結果として、スワスティカ猟人が暗躍する原因となっているわけだが。
ジムプリチウスは偽名を使っているのかも知れないが、政治集会の届けは出しているのだろう。ご苦労様なことだ。
「なんて優しい人なんだ、ジムプリチウスは!」
「そうだ! そうだ!」
「素晴らしいお方だ!」
拍手喝采。
カミーユは実に白々しい思いをした。
この熱狂にはどうしても巻き込まれないし、巻き込まれたくないので、距離が生まれてしまう。
ジムプリチウスがルナを捕まえたいのはよくわかった。だが、こんな茶番劇を繰り返していてもルナにたどりつけような気はとてもしない。
「じ、じむぷり……ちうす」
ニコラスの顔は血だらけだ。
「さあはやく、警察に行くぞ!」
群衆たちに頭をこづき回されながら、ニコラスは先を急かされた。
まるで家畜のようだ。
こういう光景は戦中、とてもよく見られたものらしい。カミーユは知らなかったが、今まさにそれを見られて感心した。
結局、人間は何も変わっていない。戦中からやりたいことに違いなんてないのだ。ジムプリチウスや、死んだカスパー・ハウザーは、戦後社会はクソだと否定し攻撃するが、やっていることはやりたいことが思う存分出来ていた戦中の社会を戻したいというだけなのだ。
カミーユも戦中の社会に対するあこがれは強かった。今よりやりたいことがもっと出来たような気がする。
もっと多くの人を効率的に殺すことが出来た。
そういう社会を本当にジムプリチウスは取り戻せるのか。
カミーユは生暖かく見守りたいと思った。
「お前ら、俺は命をかけている。どのようなやつに、いつ殺されるかわからない! この命つきるまで、俺は戦い続けよう!」
「ジムプリチウス! ジムプリチウス!」
もう、何を言っても、民衆は熱狂するだけだ。
カミーユは退屈した。
ゆっくり人の波を押し分けて、広場の外へと歩き去っていく。皆直立してジムプリチウスの話に聞き痴れていたので、誰も動きはせず、一人移動するカミーユは不審の目で見られるほどだった。人の表情を見分けがたいカミーユにとっては、無数の炎が燃え上がっているだけでうっとうしいことこの上ない。
「殺して通ってもいいのにな」
カミーユはぼそりとつぶやいた。
誰も聞きとがめる物すら居ないほど、中央広場は熱気で満ちていた。
カミーユはすいている方に向かった。




