第百一話 魂を漁る女(7)
つまり。
これは茶番なのだ。
矢はジムプリチウスの肩をかすめる。即座にジムプリチウスは円台にしゃがみこんだ。鎧の男が前に走り出し、前をふさぐ。
「誰だ! 矢を放ったのは!」
鎧は初めて言葉を発した。どこか人工的な歪んだ声だった。
「まあ案じるなティル。ティル・オイレンシュピーゲル」
ジムプリチウスは肩を抑えて立ち上がった。
「俺はこれぐらいじゃ死なん! 絶対に氏なんぞ!」
力強く、両腕を空に突き出す。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
歓声が巻き上がった。英雄の暗殺未遂という歴史的場面を目撃した感動でみな、打ち震えているのだろう。
今目の前に現れているジムプリチウスは本物ではない、あくまでただの作り出されたものなのだ。だから、血を流しているのも演技に過ぎない。
ジムプリチウスは痛くもかゆくもないのだ。
意図的に俺はここにいるぞと煽り立て、何者かに殺させようとした。
だが、ジムプリチウス自身は痛くもかゆくもないのだ。爆弾で粉々にされようが、頭を撃ち抜かれようがぴんぴんしているだろう。
カミーユはネタをばらしてやろうかなと一瞬思ったが、どうせ自分のことなど誰も信じないと悟って辞めた。
人はえてして、相手が何を言っているかより、誰が何を言っているかを重視する。
極端に馬鹿げたことなら別だろうが、場合によっては極端に馬鹿げたことでもありがたいありがたいと嘉納する。
ジムプリチウスはでたらめを言ってもすごいすごいと褒めあげてくれる聴衆を手に入れてしまった。しかもそれは『告げ口心臓』の拡大とともに指数関数的に増え続けている。
「ジムプリチウス、ジムプリチウス!」
大衆が追う声で叫ぶ。
「そうだ。俺は阿呆だ。賢ぶった今のこの社会を、ぶっ壊す阿呆だ。賢者こそすばらしい、知識を知性を持ったやつがすばらしい。そんなことあるか? 知識より、日々金を稼ぎ、生活をしているお前らの方が素晴らしい。お前らをこそ政治は助けるべきだ。なのに、政治は何もしてくれない。ルナ・ペルッツみたいなやつばかり守っている。明らかにおかしいだろ。誰に殺されようが、俺は最後まで叫び続けてやる。こんな明らかにおかしな社会はぶっ壊れるべきだとな!」
「そうだ! そうだ! ジムプリチウス!」
「あなたのような人を待っていた。この世に光をもたらす、救世主の再来だ!」
救世主とは遙か大昔にこの世界に現れて大いなる災いを救ったとされる存在だ。シエラフィータ族は救世主を殺したとされる呪われた一族だ。
その出身である大蟻喰が反救世主を名乗るのもよくわかる。
まさか、救世主の再来だと、ジムプリチウスを呼ぶとは。
「さすがに大げさすぎない?」
カミーユは笑ってしまう。
「捕まえたぞ! こいつこそ犯人だ」
一人の若者が頭を捕まれて、演台の上につれられてくる。手にはボウガンが握られていた。
ジムプリチウスは警衛を雇っていないため、あくまで自発的に憤激した民衆に連れてこられたようだ。
カミーユは顔を見て誰だかわからないが、おびえの青い炎の揺らぎで思い出した。
ニコラス・スモレットだ。フランツ・シュルツの同僚のスワスティカ猟人で、ジムプリチウスを恨んでいる。




