第百一話 魂を漁る女(6)
「これまでの戦後社会、お前らにとって楽しいものだったか? 辛い、苦しいことばかりじゃなかったか?」
ジムプリチウスは吠えた。
「そうだ! そうだ! そうだ!」
怒号が繰り返される。
「このくそったれな戦後社会で得をしたのは数人だけだ! 多くの、お前らのような普通の生活者、本当のことを知っている奴らは誰も得をしてない。おかしいだろ? こんなの。異常だろ。何でおかしな政府の言うことを信じてるんだ? 戦後の社会なんてくそだ? わかるだろ? 戦後の社会なんてくそだ!」
ジムプリチウスは唾を飛ばしながら徴収に語りかけた。
基本的にジムプリチウスが語る言葉は優しいし、物語もわかりやすい。倒すべき敵は誰かはっきりしているし、何よりも聴衆をたてている。自己中心的に話しているようでいて、一番中心であるべき主権者=国民だと述べており、その意に反するのが政治だと主張する。
「そうだ! 戦後の社会なんて糞だ!」
「こんな、糞みたいな社会を変えてくれ!」
「くそったれの社会を、くそったれの政治が作り、その政治を動かしているのがウジ虫ども――シエラフィータ族だ。戦後の社会では、あいつらを悪く言ってはいけないとされる。少しでも言えば差別主義者だ。クソ食らえ。ゴミのような正義にとらわれたおかしな奴らがシエラフィータを守っている!」
「そうだ! そうだ!」
「ルナ・ペルッツを殺せ!」
「自作自演のクソアマだ!」
「ルナ・ペルッツこそ、戦後社会の養分を吸い取る最悪の寄生虫だ。しかもあいつは戦前、ビビッシェ・べーハイムとして多くの仲間を殺しながら、戦後はしれっと被害者をしている。綺譚収集者だかなんだかしらないが、人畜無害な顔してやがる。おかしいだろうがよ! お前が一番の犯罪者だろうがよ。何を裁いてんだ? やつは多くの人間を戦後も殺している。たとえばボッシュの町長だ。大戦の抵抗の英雄だろ。俺にとっては、元々憎き敵だが勇士ではある。ルナ・ペルッツは殺した。ヒルデガルトの大劇作リヒテンシュタット殺しは、国際問題に発展しつつある。いずれも手前勝手な私刑で行ったものだ。そんなやつが逮捕もされず、のうのうと生き残っている。許せないだろ? 俺が大統領になったら、まずやつを逮捕して、ちゃんとした裁きを受けさせる。お前らが求めていることを必ず与える。それが俺だ!」
「当然だ!」
「犯罪者を牢獄へたたき込め!」
正論ではある。カミーユはルナの過去の犯罪をまるで知らなかったが、ルナのやってきた殺しは事実なのだろう。
「人をまるで殺していない人には見えなかったもん」
だが人を殺すことをなんとも思わないカミーユは、ルナの殺しへの悔恨やためらいがどうでもいいことに思えてしまう。
「もっと、明るく楽しく殺していってもいいのにな」
「くそったれな戦後社会を俺は絶対に終わらせる。俺は約束は破らない。お前らも俺の声を聞いてくれているだろ? 活動資金をくれた奴らもいるな。俺はお前らを背負っている。お前らを背負っている以上、俺は負けられねえんだ」
その瞬間だった。
鋭いボウガンの矢がジムプリチウスの頭めがけて射撃されたのをカミーユは完全にとらえた。
身体能力が増したカミーユでも気づけたのだから、ジムプリチウスやその横にいる鎧の男が気づかないはずがないのだ。
だが二人は動かず、矢を受けさせるままにしていた。




