第百一話 魂を漁る女(2)
カミーユは呆れた。ルナの屋敷を燃やしたのはカミーユなのだ。そのことはジムプリチウスも知っているし、ジムプリチウスの話を聞く連中もある程度は事情がわかっているはずだ。
『ルナ・ペルッツは『仮の屋』を己が手で焼いたのだ。やつのようなずるがしこい人殺しはきっとそうするに違いない。お前らもそう思わないか!』
しかしそんな周辺事情などまるでなかったかのようにジムプリチウスは叫び立てた。
まさか信じるものはいまい。
カミーユはそう思った。
しかし。
『そうだ、そうだ!』
『ルナ・ペルッツはどうしようもない輩だ』
『あいつみたいな嘘つきは死ね!』
怒号のような言葉が飛び交う。
カミーユは軽く笑ってしまった。
こいつらは馬鹿だと一瞬思った。しかし、逆に考えると自分の方が浅はかだと気付いた。
人は信じたいものしか信じないのだ。
ジムプリチウスから語られる言葉――物語そのものを人々は愛しているし、熱狂する。他の人間が同じことを言っても騒がないし、むしろ無視する。
これが事実ですよと正しい指摘をされようが、そんなことは構わないのだ。
間違いでもそれを間違いとは認めず貫き通す、と言うわけだろう。
しかし、だまされていると気付いてもなお、聴衆は熱狂する。
『まさか! ルナ・ペルッツがこんなひどい奴だったとは!』
『許せん! あいつには話を提供したのに! もう二度と家の敷居を跨がせるか!』
真偽は不明だが新しく加わったものらしい声のなかにはルナから話を聞いたらしい者もいた。
『明日、俺はミュノーナの中央広場で一台演説会を行う。矢でも鉄砲も爆弾でも刃物でも持って来い! 殺したいやつはくればいい! とにかく俺の話を聞け! 実際に俺の言葉を聴き、その存在を目に焼き付けろ』
ジムプリチウスの挑発はずいぶんと過激だ。実際持ってくるやつがいたらどうなるのだろうか。
カミーユはジムプリチウスの姿かたちこそなんとなくゴルダヴァで知っているが、あまりその内幕は知らない。カミーユは人の顔を覚えにくく、心のなかで燃えている感情の炎を見抜いて判断することが多いので、これは異例のことだったが、どうもそれはジムプリチウスが実体を持っていないことと関係があるのではないかと思われた。
本体は男性であり、どこにいるのかはわからないとされる。トレンチコートの女の姿はあくまで世を忍ぶ仮のものだ。
そんなやつの話を大衆は気軽に信じてしまう。戦前までは神経質な中年男の姿をしていたというが、現代ではそんな姿ははやらないと見越したのだろう。
戦後はなんであれ不真面目なものが流行る。不真面目なルナ・ペルッツに脚光が当たったのもそのせいだろう。
だが、今はそんなふざけた戦後の雰囲気にきわめて速く適用したジムプリチウスによって、ルナの居場所が奪われようとしている。
そう考えると、カミーユはぞくぞくしてきた。
いわばジムプリチウスは大掛かりな舞台をこしらえて、ルナ一人を追い詰めようとしているのだ。
これが面白くないわけがない。
「ほんと、明日が楽しみですね」
カミーユは寝場所を探しに向かった。